機関誌 ごんずい 48号>それは一枚の紙に描かれた水のコスモス
水の巡りを大切にする人達が作り上げた
水の地図
水辺の生き物たちと出会える手引き
自分のまちとくらしを再発見する扉
この地図を手に水俣の水のある風景を歩き、
水の恵みと共に暮らす人を訪ねる
水のある風景を歩くalign="right">小里アリサ
> 去る六月十一日、相思社では「川へのまなざし」を育てる研修を行った。水俣のグリーンツーリズムを考えるために、川や水のある場所を九州ランドスケープの澤治彦さんと巡り、人の視点だけではなく、魚や鳥、虫の視点で見ることの大切さを学んだ。澤さんは、熊本県嘉島町にお住まいの環境土木コンサルタントで、川と生物と人の関係を見つめる達人である。水俣川を河口部から遡って見えたものを、澤さんの解説と参加者の感想を織りまぜながら報告し、読者のみなさんを『水のある風景 水俣』へご案内したい。

水俣川の下流域、湯出川との合流地点。チッソの工場用水取水場のある小崎では、親水公園の建設が進んでいる。夏は子供たちでにぎわう小崎。ここはどんなふうに変わるのだろうか。
>■澤さんの解説
>用と景
用は治水、利水。景は見た目。川を扱う場合、用と景の調和が大切。治水一点張り、見た目一点張りという工事が問題。これまでの河川工事は治水が目的で、いかに早く山からの水を海に流して洪水を防ぐかということを追求してきた。
昔の川の扱い方は、加藤清正の治水工事のように機能的な美しさを追求すると景になったものだった。
それに対して近代の土木の価値観は、まっすぐが美しい(均質連続)というもの。工事を発注、監督する側の発想を変えなくては、この価値観は変えられない。
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| 見なれた小崎の風景も、今日は澤さんの解説で違って見える |
自然に近づける工事で、大事なことはそこの風土に近くあること。水俣なら、モンスーンアジアの自然を考えなくてならない。全国同じものさしはない。
また、工事を検査、監督する側が勉強しなくては、近自然型工法は広がらない。建設会社がやりたいと思っても、工事したことがなるべくわからないような川の扱い方をする近自然型工法を知らない検査官が「どこを工事したのか?完成してから見せてくれ」という状態では困ってしまうだろう。
>景観生態学
川づくりに必要なのは、景観生態学(ランドシャフト)の視点。景観(ランドスケープ)がもてはやされた時期があったが、人間だけでなく魚や虫などの生物にとっても住みやすい環境かどうかを考え、用と景をミックスさせる。
川を扱うときに重要なのは、水と地面が接する水辺。魚やホタルの産卵、成育にとってどうなのか。ここに気をつければ、素材としてコンクリートが悪いわけではない。
>魚道
魚は障害にぶつかると横に移動していくので、下流側の真ん中に張り出した魚道に気づかない。魚道を作るなら堰の両側、あるいは堰の上流側に。もっといいのは堰を階段状にして全面魚道にすること。魚の身になると見えてくるものがある。
(16p参照)
>★参加者の声
・普段見慣れている小崎なども、澤さんの話を聞くと、この水俣川の本来の姿とはどんなものだろうと思ってしまう。(柿本英行 市企画課)
・僕は今まで、川の工事というものは、川辺をコンクリートなどでびっしりと固めるのが当たり前だと思っていました。しかし、澤さんの話を聞いてそれは大きな間違いだということを知りました。そのコンクリートで固めるという工事の方法は、そこに住んでいる生物のことなんて全然考えてなくて、人間の価値観だけを基本にして行われているとってもひどいもんだとわかりました。でも最近ではランドシャフトや環境共生型○○づくりといったものによって、工事の方法も変わってきているみたいなので少しは安心しました。でも、いつも思うのですが、どうして人間は失ってしまってからしかその大切さを感じないのか?
不思議です。(冨吉正一郎 市環境課)
(二)長野(ながの) 護岸工事が進んでいる場所。工事をしてからホタルが少なくなってしまった。
>■澤さんの解説
・そこの水環境のことは鳥や石の下の虫が教えてくれる。
・川を調べるのに、何から何まで自分で調べなくてよい。川のことは釣り人など、その川をよく知っている人に聞け。
>★参加者の声
・私の家は、山、田畑、川がよく見える少し小高い場所にあり、川へ泳ぎにいくのもちょっとそこまで散歩がてらにという感覚で、高校時代までは川に慣れ親しんできた。しかし、高校卒業と同時に川に接することが全くなくなってしまい、最近は川という言葉さえ出てこなくなったのが正直なところだ。(松本裕二 市環境課)

水俣川の中流域にさしかかる。川岸の柳や石の役割とは?
>■澤さんの解説
・川には瀬も淵も両方なくてはならない。瀬を必要とする生物と淵を必要とする生物がいて、瀬と淵という川の様相の多様性が生物の多様性を保障している。また、瀬と淵は川の浄化システムである。
・川のカーブにある岸辺の大きな岩は、流れの方向を変えるので川の力が直接岸にぶつかり、岸を崩していくことを防ぐ役割を持っている。
・護岸が崩れるのは、川の力が当たって護岸の下が掘られるから。力が当たるところには、川岸に丸太を打ち込み、石を積む。
・石を積むのも、そこにいる生き物たちへの愛がこもらなければ意味がない。
・何もかもコンクリートがだめで、自然がよいのだという一方的な考え方もまた批判されていた。実際、中鶴では護岸はコンクリートであるが、淵と瀬があって生態系を保つことができている。(神沢聡 相思社)
・岸辺の柳はダテに生えているのではないのだ。岸辺を守る役割をさりげなく果たしているけなげさと先人の知恵に感動。(小里アリサ 相思社)

水俣川の上流で合流する久木野川に入り、江戸時代に作られ、現在も田を潤している用水路を見る。
>■澤さんの解説
苔むした石垣も美しい。こういう石垣を改修するときは、石を捨てずにもう一度使うとよい。これだけ苔がつくには何十年もかかるのだから。
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★参加者から
・今回の川巡りは、仁王木の用水路の所で滑ってこけたりもしましたが、今まで水俣に住んでいて知っているようで知らなかった「水俣川」を澤さんの説明のもとで見て回ることができたことは、とても楽しく、そして、考えさせられました。それにしても、仁王木の用水路を見た時、正直言ってすごく感動しました。この用水路をつくった人たちは、いったいどれくらいの時間と手間をかけてつくったのか疑問です。人間が生きていく上で、水という存在は絶対に欠かせないものだと思いました。それと同時に、生物にとっても欠かせないものだと思いました。(冨吉)
・二〇〇年近く前に作られたものがちゃんと機能している! 何てすごいんだろう。今、作ったもので二〇〇年後まで残るものはあるだろうか?
しかし、この水路も田畑をする人がいなくなったら用なしになるのか? と考えたらとても怖くなった。(小里)
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| 190年前に渕上曽次右衛門らによって 作られた用水路。40年の歳月をかけて 岩を穿ち、16kmの用水路が完成した |
(五)日当野(ひとの)![]() |
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杉木立の中に湧き水。その下には、昔たんぼだった湿地が広がっている。
>■澤さんの解説
・ここは水の流れを巡らせば、すぐビオトープになる。たくさん手をかけるのではなく、最小限にして自然の変化を待つといい。
(六)越小場(こしこば)![]() |
| 魚にとって高すぎる段差。岩を配置して、 それらしくはしてあるのだが |
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| 水に接するところは魚が隠れることができる 魚巣ブロックが使われている |
災害復旧でたんぼの中に立派なコンクリート護岸が出現した。環境土木の視点も取り入れているというが…。
>■澤さんの解説
・川のそばの田畑の持ち主にとっては、財産を守る護岸はしっかりコンクリートで作ってもらいたいというのが心情。がっちり固めて管理も楽というのが、住民の声になっている部分もある。一方で何がなんでも自然がよいという声もあったりする。これからは住民も勉強しなければ。
・ここは、生物に配慮した工事に見えるが、川の段差が高すぎるなど生物からの視点が足りない。
・今の工事は作っておしまいで、作った後の評価が入らない。五年後一〇年後のアセスメントが必要だ。
・川を人間の力だけで作ることはできない。人間がやるのはせいぜい五〇%くらい。後は川が作る。
>★参加者から
・動植物の生態に詳しい人と土木関係者がリンクできるようにするなど、実際の河川工事に生かされる仕組みの必要を感じた。(神沢)
(七)石飛(いしとび)![]() |
| 石飛のビオトープ。 元は腰までぬかるたんぼだった |
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人が手を加えないと自然が回復していく例。湿地の生物たちを脅かさないで人間がおじゃまする方法は?
地元の天野さんに案内していただいた。
>■天野さんの希望
・ビオトープになっていくといいと思うが、人が大勢来るようになると、踏み固められたり、今いる生物が脅かされてしまう。
>■澤さんの解説
・湿田に人の手が加えられなくなって、元に戻ろうとする自然の力が働き、様々な生物が生息している。
・湿地には木道を作って、生物と人間の共存をはかる。その際、木道は回遊式にせず、魚や虫がおびえないよう行き止まりの道にする。
>■これからのこと
・一見何気なく流れている川だけれども、護岸、堰、魚道、淵と瀬…。それぞれにいろんな意味があって、さらにそれらを理解することによって、大水のときの様子、工事のときの様子などが見えてくるものなのだと、知らないことばかりで消化不良気味ではあったが、目から鱗が落ちる思いであった。土木関係の人や市の施策を決定する立場の人にもぜひ知ってもらいたい。(神沢)
・水俣市は、これから環境モデル都市を目指していくが、自然とつき合っていくには、百年千年のスパンで考えることが大事なんだ。(柿本)
・幼児期からの川遊びを通じて、川へのまなざしを向けることができるかどうかはとても重要なことになってくる。(松本)
・今回の川巡りのおかげで、川を見る時には、人のことだけ考えるのではなく、そこで生活している全ての生物のことを考えなくてはいけないんだとしみじみ思いました。(冨吉)
・川を扱うのも、単に「地元の意見を聞きました」では、コンクリートばっかりになってしまうこともある。多くの人が自分のまちを流れている川に目を向けることが必要なんだな。(小里)
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| 岩間からほとばしる水はやさしく甘い。 一日の湧出量は3000トンで、 どんな日照りでも涸れたことがないという 寒川水源 |
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| 水源のすぐ下にある寒川水源亭。 屋根は棚田のイメージ |
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| コシのあるソーメンと 不知火海の焼きエビのつゆが自慢。 でも何よりの自慢はやっぱり水! |
> 水のある風景を求めていったら、そこには水を守り、使う人々がいた。水との深い関係をお聞きした。
align="right">寒川よし子さん
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| 寒川よし子さんは昭和22年にお嫁に来た。 村の22軒のほとんどが、寒川姓 |
寒川の水は一年中十四度で、夏は本当に気持ちがいいですよ。この水源は、大雨でも濁ったことがないんです。本当によか水です。
ソーメン流しは、昭和三六年から始めました。村の道をね、舗装しようということで寒川婦人会で始めたんです。水を利用して村がよくなることが何かできないかって考えて。最初は水源のそばにあったうちの小屋でソーメンを茹でて、竹カゴに入れて。それをお客さんに渡して、水源のところで食べてもらったんですよ。
舗装の費用を稼ぐはずが、三年くらいは赤字でみんなの日当も払えなかったですね。少しずつ市内からのお客さんも増えていって、今では夏場は一日五、六百人も来てもらえるようになりました。道路の舗装もできたし、公民館も建てました。養魚場も作ってヤマメやマス、コイの料理を出しています。去年から建物が新しくなって、冬場も田楽やにゅうめんを楽しんでもらえるようになりました。田楽のいもや豆腐、こんにゃく、それに味噌は全部自家製なんですよ。ソーメンの他にも棚田米のおにぎりや漬け物など、寒川でできたおいしいものがあるのが喜ばれています。
水源地ですから、何よりも水を汚さんように気をつけています。せっけんを使ったり、ごみを捨てないようにしたり。米も薬をなるべくかけないで作ってるんです。水が冷たいから、虫もわかないんですよ。
棚田も昔のままに残すのが大変で。それで今、減反田にアジサイとショウブを一万本植えよります。たんぼが荒れとるのは、見苦しいですもんね。
いつも水の流れる音を聞いとるでしょう。だから、よそへ行ったときなんか、川の音がしないと寂しいんですよ。
>毎夏恒例の水俣を体験する企画「ごんずいのがっこう」。今年は、いろんな水俣を二泊三日にぎゅっと詰め込んで、テーマを変えて二回もやりました。
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| 松崎忠男さんに海や女島の暮らしを聞く |
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| 無人島にわたり、魚のさばき方の講習会&グルメパーティー |
>7月29日〜31日
水俣病事件を、今の水俣で日常の暮らしに触れながら感じ取るツアー
一日目:まち巡り、講座「被害者、市民、そして相思社の水俣病」
二日目:近郊の漁村・女島で患者の木下レイ子さんと松崎忠男さんのお話。無人島で魚料理と海遊び、患者の佐々木清登さんのお話も。青年会議所の小柳泰祐さん、
患者家族の開田理巳子さんから地域の再生をテーマにお話と討論。
三日目:まとめのミーティング
オプショナルツアー:久木野で山仕事体験など
>■参加者の感想から(一部省略)
・水俣に来る前は、遠い記憶のまち、あるいは強烈な負のイメージでした。それが、大きく変わりました。もちろん、考えていたよりはるかに厳しい現実があることを再認識させられましたが、水俣で懸命に(あるいは淡々と)暮らす人々に接して、グッと水俣が身近なものとなりました。忘れることのできない魅力的なまちになりそうです。
・海があって、相思社があって、漁師がいて、チッソの人がいて、いろんな話を聞いて、いろんな立場があって。水俣病だけでなく、その周りにある物や人を知ることもできました。
・患者と地域の反応がどうしてそんなに激しかったのか不明だったが、まちを歩き部落をまわってわかったような気がする。
・熊本県に住んでいたがわかっていなかった。ここに来て、生活の中で闘い考えている人々のたくましさ、力強さを感じ、本当の取り組みだと思った。
・島で魚をさばきながら聞いた、「自分の代で話ができなくなる」という患者さんの話が印象に残った。
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| 石飛の天野さんのゲストルームは、くつろぎの空間 |
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| 間伐は森の中に光を入れる作業 |
>8月7日〜9日
川で遊んだ。なんと言っても水俣川チューブ下り。蛇渕から飛び込み、魚釣り。何年かぶりに水着を着たという人もいた。山で遊んだ。ハンモック、赤とんぼ、虫の声。小さな分校の校庭で月明かりに照らされて木登り、竹馬、丸太で作ったすべり台。宿泊は無農薬でお茶を作っている天野さん、手作りの家。「よし、紅茶を作ろう」と懐中電灯を持っての茶摘みがはじまる。一晩おいて翌朝揉む。夜中まで飲んで食べて語った。
二日目の始まりは湿原の散策。身体じゅうを目にすれば、いろんなものが見えてくる。亀嶺高原では歳を忘れてダイゴロ(総木製の台車)で走る、転ぶ。
愛林館へ移動。手打ちうどんに挑戦。こね方と固さが大事。なかなか難しい。昨夜からの紅茶が完成。味わい深し。
山で働いた。鋸と鉈を使って木を伐るのだが、腕がしびれるほどきつい。木が倒れる瞬間、天から光が差し込む。山と水を守るための大切な仕事、この汗は大河の一滴になったかなあ。
三日目、海で遊ぶ。不知火海の潮風をうけて恋路島へ渡る。ビーチはなくても、海と岩があれば楽しい。
自然といっしょに遊べること、身体を使って遊べること、そんな贅沢を満喫した二泊三日。「遊んだ」だけで終わったようにみえるけど、自然と自分との接点に気づいたり、人間の暮らしを見つめる視点を発見したりいろんなところに、今を問うヒントが隠されていた旅だったように思う。
来年はどんな水俣が体験できるか、乞うご期待!