機関誌 ごんずい 57号 ごんずい 57号


目次
特集 水俣 見る 聞く 遊ぶ 食べる……・2
    水俣オイシーナツアー…・4
    オイシーナツアーに参加して/竹本明美……5
    あの頃を思い出させてくれたオイシーナツアー/松本幸蔵…8
    オイシーナツアー in 久木野/遠藤邦夫…11
    インタビュー◎名人の技−−久木野豆腐/中村タエ子…14
    地元学のまなざし/遠藤邦夫……・16
    胃袋で感じる水俣/小里アリサ・・18
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    新刊紹介◆証言水俣病◆命ある日まで/神沢聡…20

特集 水俣 見る 聞く 遊ぶ 食べる

オイシーナツアーマップ


あの頃を思い出させてくれたオイシーナツアー

松木幸蔵

1961年、水俣市久木野生まれ。水俣市役所商工観光課勤務

割れた氷も宝物
割れた氷も宝物
冬と春が同居している石飛
冬と春が同居している石飛
旧正月のおもちつき
旧正月のおもちつき

 なにぃ、オイシーナツアー? パンフレットの題名で、何の疑いもなく「おいしいものを食べて回るツアーか」と思った。と同時に、私はすぐ子供たちを連れて参加しようと決めた。それは二日目の石飛地区コースの内容が目に留まったからである。家に帰って、娘ふたり(八歳と六歳)に話したところ「いいよ!」と返事が返ってきた。
 初日のツアーを終え二日目の早朝、私と娘たちは石飛地区へ向かった。天気は最高、しかし寒さはまだまだ厳しい。
 石飛を案内してくれるのは、お茶を栽培している天野茂さん。早速、天野さんの囲炉裏のある別宅!?で、参加者十二人が自己紹介を済ませ、朝の散策に出かけた。一緒に参加した同僚の五歳の男の子と私の娘たちは、霜柱の立ったあぜ道を、わざとジャリジャリと音をたてながら歩いていった。
 湧水のある田んぼ(専門的にはビオトープと呼ぶ)では、子供が乗っても大丈夫なくらい厚い氷が張っていて、驚いたことに、氷の下には産まれたばかりの小さなオタマジャクシが元気よく泳いでいた。身を切るような寒さのなかでも、自然界では春に向けての準備が既に始まっていたのだ。子供たちは「どこどこ」と言いながら、今にも落ちそうな格好で覗きこんでいた。そして割れた大きな氷を大切そうに握りながら、私たちの先を歩いて行った。
 途中、道の斜面に顔をのぞかせたフキノトウや井川のクレソンなどを採りながら散策を楽しんだ。勿論このフキノトウやクレソンは昼食用の食材になるのである。
 次は餅つきの準備。もち米を蒸す匂いが正月を思い起こさせる。私は小さいときから、蒸したてのもち米を食べるときのキシキシしたあの感触が妙に好きで、思わず食べて感触を楽しんでしまった。
 みんなが餅つきをしている間、昼食までに、せっかくだから山芋を掘ろうと思い立った。散策の途中で、山芋らしいツルがあることを密かにチェックしていたのだ。でも山芋掘りも久しぶりのことだった。山芋掘りを見たいという四人を連れて、いざ山の中へ。まず山芋のツルの見分け方を説明したあと、それぞれ散らばってツルを探した。
 しかし、結局昼食の時間まで一本も掘れずに帰ることになってしまった。ツルの見つけ方を得意げに説明した手前、自分が見つけられなかったことなど、とても言えなくて、つい「もう先に来た人が採ってしまっとったもんねえ」などといい訳を言っていた。これまで何本も採ったことがあるはずなのに、今回は見つけることすらできなかった。これも山で遊んでいない証拠である。

遊びをせんとや生まれけん
遊びをせんとや生まれけん

 別宅に着くと、既に昼食の準備もできていて、子供たちは参加者と一緒になって、つきたての餅を丸めていた。
 昼食を終えて、いよいよ近くの亀嶺高原へ出発。私も子供の頃、実際に作って乗っていた「だいごろ」(丸太を輪切りにした車輪を四個付けた木製の車で、坂を乗って下る遊び。スピード感と振動がたまらない!)遊びの体験だ。
 まず、模範演技を天野さんが見せてくれた。「お〜」と参加者のみんなが声をあげた。続いてそれぞれが乗って下ろうとするが、なかなか動かない。そして次の瞬間、急に動き出してあとは大変。「あ〜っ!・・きゃ〜!ほっ。」
 しかし、自慢するわけではないが、私の娘は、初めて見て、初めて乗る「だいごろ」をあっという間に乗りこなしていた。ハアハア言いながら何度も坂の上まで引っ張り上げては、上手に舵をとりながら下っていた。子供は遊びの天才と言われるが、まったくそのとおりだ。
 夕方も近づき、本当に腹いっぱい遊んだ。別宅に戻る途中、天野さんのお茶園で季節はずれのお茶摘みを楽しみ、そのお茶を釜炒りしてみんなで飲んだ。ほっとするひとときだった。そして、ついた餅をお土産にもらって天野さんの別宅を後にした。
 ツアーの数日後、二人の娘が、「石飛でみつけたヤジリだよ。昔の人はこれを包丁にしたり弓矢を作ったんだって」と言いながら大切そうに見せてくれた。この黒曜石のヤジリは今でも宝物になっている。
 若い人たちから「水俣には遊ぶところがない」と聞くが、水俣で都会と同じような遊びを期待してのことだと思う。しかし、水俣だからできる遊びが、足元にたくさんころがっている。気づいていないだけなのだ。
 自分が子供の頃、山や川で遊ぶことは当たり前だった。時間という概念はなく、真っ暗になるまで遊んで、帰るといつも母親から叱られていた。しかし大人になるにつれて、いつのまにか山や川は遠ざかってしまっていた、いや、本当は「忙しい」とか「いつでも行けるから」とかという言葉で自分の方から遠ざけていたのである。今回のツアーでは、我が子の生き生きとして遊んでいる姿に自分の姿を重ね合わせ、忘れかけていた「あの頃」を思い出させてくれたと同時に、もっと「地元を遊ばないといけないなあ」と反省もさせられた。
 そういう意味で、オイシーナツアーは、参加者のみんなと私たち親子にとって、二日間ではあったけれど、本当に楽しんだ二日間であったと思う。そして、食べ物はもちろん、身体や心にもヘルシーで栄養たっぷりのおいしいなツアーを企画してくれたスタッフの皆さんに深く感謝したい。
 次回は、川や海でおもいっきり遊ぶサマーバージョンのオイシーナツアーが実現すれば、ぜひまた参加したいと思っている。
最後に「地元んもんが面白かれば、よそから来たもんな、まだ面白か、はず!」。

天野さんの別宅で
天野さんの別宅で。イノシシになってる子はだ〜れ?

胃袋で感じる水俣

小里アリサ

小さな漁村の船だまり

心になじむ風景
先日、八代まで列車で往復した。行きも帰りも、持ち込んだ仕事の手を止めたのは、不知火海だった。肥後田浦を過ぎ、トンネルを抜けると日奈久の手前まで列車は海に沿って走る。ある時は海を向いて立ち並ぶ民家の裏庭をかすめて、ある時は泳いでいる魚が見えるくらい波打ち際の近くを。
小さな漁村の船だまりには、石積みの堤防があり、アコウの木が水面に陰をつくっている。小さな祠はエビス様だろうか。目を遠くにやれば、天草の島々がかすんで見える。
本当に一瞬で遠ざかっていく風景だが、とても心が引きつけられる。
長い時間をかけて、石積みの堤防やアコウの木や潮にさらされて渋い風合いになった家などが、そこにある。人工物でもこういう家や堤防なら気にならない。海と同じリズムで息づいていることが感じられるから。自然と時間が作り出した風景は、心になじむ。
「どうか、そのままで」。これは、よそ者の勝手な押しつけなんだろうか。ひるがえって水俣の寒川の棚田。愛林館の沢畑館長に言わせると「日本一の棚田!」(愛林館から一番近いから)だそうだが、やはりよそから来た人が「いいですねえ、すばらしいですねえ」で終わってしまっては、地元の人は「いい気なもんだ」ということになってしまうだろう。棚田が棚田であるためにかかる大変な労力が、農家だけで担えなくなってきているのなら、「どうかそのままで」という気持ちに行動をプラスすることが必要になってくる。
グリーンツーリズムというのは、消費ではなく、つくり出す関係といわれている。地元の人たちが楽しんでいることを一緒に楽しませてもらう。地元の人たちがフツーだと思っているものに「これはすごい!」と驚き、地元の人をビックリさせる。何度も何度も訪れてその土地になじんでいく。その上で、「このままがいいなあ。知恵とか力が必要なら、自分のあるものを出しましょう」という関係ができると、山や川や海や里の風景が変わりにくくなるのかもしれない。

胃袋で感じる
今回のオイシーナツアーは食べ物という視点で水俣にひたった。甘夏をちぎって食べる。クレソンを小川で摘んできて食べる、お茶を摘んで炒って飲む、目の前の海でとれたシロゴやタコやビナを食べる、棚田で作った大豆で豆腐をつくるなどなど、水俣の自然と食卓の近さを改めて実感した。
食べ物は自然がつくり、人が手をかけてできあがる。だから、参加した人たちは、食べ物を通して水俣の自然と人と暮らしに触れ、たくさん遊ばせてもらった。水俣のグリーンツーリズムは、いろんな切り口があるけどの基本は、やっぱり、胃袋で感じること。胃袋で感じたことは忘れない。胃袋で感じた海や山や川と食卓の近さを大事にすることが、風景を大事にすることにもつながっていく。


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