
特集U : 水俣環不知火海調査・獅子島
獅子島調査事始め/弘津敏男………17
ぐるり獅子島半周記/川部岬………・22
第一幕 「会議前の妻との会話」
(カッコ内は私のつぶやき)
妻「ねえねえ元気村って知ってる」
(市報で何みつけたんだよ)
私「うーんなんか地域通貨をやるらしいよ」
(説明始めるとキリがないからな)
妻「地域通貨って何?」
(前に話しただろう、もう忘れたの)
私「地域だけで通用する通貨だよ」
(説明になってないよな)
妻「そのままじゃない! 分かんない」
(そりゃそうだ)
私 「じゃあ行いってみればいいだろう」
(誰かに振るに限る)
妻「誰が来るかわからないから…」(おいおいそこでびびんなよ)
私「だから面白いんだろ」
(何が「だから」なんだよな)
妻「じゃあ行ってみよう」
(何に納得したんだろう)
第二幕「会議後の妻との会話」
私「どうだった、面白かった?」
(いちおう聞いとかんとね)
妻「うん。いろんな人がきてたよ。栄子さんでしょ、吉井恵理子さんでしょ、天野美咲ちゃんでしょ、ええっと」
(おいおい全部並べる気かよお)
私「何することになったの」
(主題を述べろ)
妻「地元の野菜を紹介したり、草取りを手伝ったりとか」
(???)
私「良い野菜を食べて、草取りして元気になるってか」
(そんなわきゃないよな)
妻「そんな茶化すならもう言わないよ。今度吉井さんが近所で採れた野菜を持ってきてくれるのよ五〇〇結いでね」
私「久木野からはるばるここまでか?」
妻「子どもさんの送り迎えのついでだから。地元の野菜が食べられるのはいいでしょ。結いってのは地域通貨の単位よ。やってみるのが一番って吉本さんも言ってたもん」
なにしろ食べ物のことは話が早い。地域通貨のことをどのように理解したのか分からないけれど、すでに始まっているところがすごい。
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| 水俣元気村女性会議の芋煮会にて |
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| 水俣元気村女性会議会議風景 |
| 水俣元気村もやい通貨のルール (抜粋 二〇〇一年一二月一日現在) ■参加資格 水俣元気村女性会議メンバー、もやい通貨の趣旨に賛同する者(メンバーの身元保証が必要)、および参加者は保険に加入すること ■事務局 場所 水俣元気村女性会議事務局(農林水産課) 運営 農林水産課が事務局支援する 情報誌の発行 もやい通貨メニュー発行 (追記:将来はNPO法人化が構想される) ■登録 「提供するサービス等の分類例」(後出)にサービスを記入することで登録となる ※ただし当事者間で話し合い、新たに発生したサービスについては、追加登録する ■券 名称 「結い」 単位 一〇〇結い、五〇〇結い、一〇〇〇結い(基本は五〇〇/時間) 通貨の基準 結い 有効期限 二〇〇一年九月一日〜二〇〇二年一月三一日(継続が決定している) 発行枚数 一〇〇〇〇結い/一人 紛失した場合 再発行なし ■やりとり 「もやい通貨メニュー」をもとにやりとりを開始。メニュー登録以外でも「結い券」のやりとり可能。お互いの合意でやりとりする 記録 「結い券」記録表記入 水俣元気村女性会議に持参 トラブル 原則当事者間で解決する 事務局は一切の責任を負わないが相談にはのる 勧告 水俣元気村女性会議メンバーの三分の二以上が認める迷惑行為があった場合は勧告し、勧告に従わない場合はメンバーから除外 ■やめたい時 事務局に届け出る 残券はメンバーか事務局に譲渡(現金との交換はない) 手伝いを受けた分は、手伝いで返すことが基本、ただし他の人に返していい |
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| 牧野惟佐子さん 大阪出身。八年前に水俣へ。ボランティア活動に従事。畑仕事と歩く速度でいろいろなことに出会うのが好き。 |
沼田悦子さん 水俣頭石出身。中学まで水俣で過ごした後、岐阜に転出。二五年前にまた水俣に。ふる里の山風景が大好き。 |
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| 吉井 惠璃子さん 葦北郡古石出身。結婚で水俣久木野に来て一一年。元気村女性会議で一番「結い」を活用中。 |
小里アリサ 長野県出身。一六年前に来水。おもしろいこととおいしいものが大好きで、根っからの怠け者だがそのための苦労はいとわないごんずい編集部員。 |
出会ったりつながったり
小里:水俣元気村女性会議(1)で「結い」という地域通貨をやりとりし始めました。元気村に関わったきっかけとどんなことに使ったか、使ってみて気づいたことを教えてください。
牧野:元気村に関わったのは、市報に載っていたので「何をするんだろう」と第一回の会議に出席したばっかりに、いえ、出席したので、そのまま参加しています。一回目の話を聞いておもしろくなかったら行かなきゃそれでいいかなと思っていたんです。でもおもしろかったので、やっぱり二,三回は行ってみないと分かんないかなと思って。
沼田:元気村のきっかけは、農林水産課から電話があったんですよ。「誰も来てない、少ないから来て下さい」って。
吉井:私も電話がかかってきました。
小里:牧野さんみたいに市報を見て参加しようという人はすごく貴重ですね。
沼田・吉井:そうなんですよ。
沼田:私は五〇歳の誕生日に二つのことを誓ったんです。五〇になるともうわからないじゃないですか、五一で死ぬかも知れないし、一〇〇歳まで生きるかも知れない。だから、これからの人生、人との出会いを大事にしていこうと思ったんですよ。もう一つは、五〇歳になったから本当においしいものを食べていきたいと思ったんですよ。おいしいものというのは、口先だけじゃなくて、すべての面で。命というのは一つしかないから、大事にしていく意味でもおいしいものを食べていきたいと。それで、元気村で吉井さんの合鴨米に出会えました。
吉井:元気村の会議には本当に行ってよかったです。おもしろかったのと村まるごと生活博物館(2)、あれに非常に興味を持っています。うちの村は指定第一号をめざしています。
小里:吉井さんは、近所のおばちゃんたちの野菜を斡旋してますよね。
沼田:おいしい野菜やコンニャクが欲しいんですよ。もう少し利用しやすいようになれば。
吉井:会員を募集して、ファックスで野菜の種類と値段と個数を送って、いる人だけ送り返してもらってそこに配るようにしようかなと。月に四回と決めて持って行く形がいいのではないかと思っています。近所のおばちゃんは、一生懸命つくったのをみんな配っちゃうんですね。
牧野:うちも一緒。家庭菜園程度だけど、できるときは一度にできてしまうから、近所に配るんですよ。
吉井:今度の会議の時に会員募集しようと思っているんですよ。おばちゃんたちも楽しみになると思いますよ。畑の空いているところがあるからしょうがなく作っているというのが今のところでしょ。最初は自家用だからって逃げていくけど、実際売ってみると結構みんな持って来るんですよ。
小里:そういう庭先野菜はお金にならないと思っていたわけですよね。今までは野菜があっても、沼田さんみたいに欲しい人がいるのにつなぐものがなかったんですね。
吉井:つなぐということではこの「結い」は本当によかったなと思うんですよ。これはまさに結いですよね。今の農家にはすごくありがたいシステムだなあと思うんですよ。
この間、大豆引きに会のメンバーの方に来ていただいたんですよ。次の日が雨の予報で、もうその日にどうしても大豆を収穫しないといけなかったんですよ。そしたらまあ、こんなにガマ出してもらってよかっじゃろかちゅうぐらいガマ出してもらって、うちのは全部終わってしまいました。
沼田:よかったですね。
吉井:その時にしなければいけない仕事って、農家にはどうしてもあるんですよね。そういうときにほんの一、二時間でも来てもらったら、すごく能率が上がって助かるんですよ。技術がいる仕事はもちろんありますけど、そうじゃない仕事も多いんですよ。そういうことが取りあえずできるなと思いました。お世辞かも知れないけど、来てくれた人も「ああ、気持ちよかった。また呼んで」と言って帰ってくれなったし。
小里:やる方も一日中重労働はできないけど、二,三時間できれいな景色を見ながらだったらね。
吉井:私は心が狭いもんで正直な話ですね、町からちょこっとやって来てちょこちょこっと作業して「あー、気持ちよかった」なんて言って帰るなって今までずっと思っていたんですよ。
一同:爆笑
小里:農家のこの苦労をなめるなと。
沼田:そりゃそうだよね。
吉井:ところがですね、「結い」を使って来てもらったら、そうじゃないんだというのが分かりました。
牧野:かえって必死でするでしょ。
吉井:そう、ものすごく楽しそうにまじめに熱心に真摯な態度で。大豆引きに来てもらう前から、ひょっとしたら私、まちがっているのかも知れないという思いはあったんですよ。これでもう決定的に思いましたね。だから、例えば一人の人が二時間ぐらいでも、人が入れ替わり立ち替わりやってくればそれはすごい量の労働力だと思うんですよ。もうじいちゃんたちばっかりですからね、田舎は。今からこういうことをやって、都会の人に来てもらう、まだ元気な人に来ていただいて、楽しみでやってきてもらう。これを数をこなしていくことで何とか田舎も立っていくんじゃないかなというのを実感しました。
小里:普通、お金で人に来てもらうっていったら、時間が短ければ安いわけだからなかなか気を使いますよね。
吉井:そうですよね。お金じゃないからいいのかもしれませんね。雇うっていったら私は雇いきらんですもん、とても。
牧野:「結い」だと心の中がほわーっと暖かくなるようなつながりが生まれて。
お金と「結い」の違い
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| 芋煮会、こんなに食べるのかしら |
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| 話はいいから早くたいな |
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| 久木野の里芋はおいしいね |
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| 今夜はごちそうさま |
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| 結いのメニュー |
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| 腹がくちたら2001水俣ハイヤ |
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| 料理を教えてもらって500結いだな |
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| 座談会だか食事会だか |
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| 私が作った合鴨米よ |
沼田:今までは経済を主に考えてきているから、お金お金ですよね。やっぱりそれでは幸せになれないんだと気づいたんですよ。お金はいくらあっても満足できないからね。
吉井:まだまだ欲しい。
牧野:私もないよりある方がいい。
小里:どこが違うんでしょうね。普通のお金と「結い」は。
沼田:お金はね、縁を切るものだと思うの。はいって渡せばそれで終わり。
吉井:「結い」にはいろんなものがついている気がしますよね。
小里:ただの五〇〇とか一〇〇〇の価値じゃなくて。
吉井:それ以外のものがついている気がしますよ。お金で評価できない部分がこれで評価できる気がするんですよ。つまり、労働分として五〇〇結いは払うけど、ついでにこの風景を眺めて下さい、気持ちいい汗をかいて下さいっていう部分が、私はついてくると思うんです。
沼田:私はもう一つあるのよね。すごい打算的かも知れないけど、お金っていうのは、自分がした分をもらうわけだからそれで縁が切れますよね。お金はもらっても次に何かもらえるという気持ちはないですよね。でも、「結い」はあげたときに、ああ、何か自分にも返ってくるかも知れないなと思うのね。その楽しみがあるの、これには。
吉井:おっしゃる意味が分かります。自分がやった分返ってくるということ。
沼田:誰からかね。
吉井:お金はこれに対して私はもらったのよと言う、当然のものなんですけど。それ以外の部分がいっぱいあるんですよ、この「結い」は。
沼田:心がほんわかして来るっていうのは、そういうことじゃないのかな。
小里:これは芋煮会の時の手伝いでもらった結い券ですけど、「ありがとな」って書いてあるんですよ。
牧野:ありがとな?
小里:普通のお金にはこんなの書こうと思わないじゃないですか。だから「結い」にはそういう気持ちがここにのっかっているんだなと。やってもらったことを何結いかで評価するんじゃなくて、気持ちなんですよという。あっ、そういうことなのかなと思うんです。
吉井:ありがとなって書いておこうかな。
牧野:いいね、なんかね、ありがとうじゃなくてね。
沼田:そうですよ。その「な」の一言が重要ね。
「結い」の使い方
吉井:事務局でみんなのできることを書き出してましたよね。あれを見ていると自分がして欲しいこともあったりするし、やりたいこともあって。できることがあっても誰も頼んでくれないし、頼みたいけど誰に言っていいかわからないというのがあったんで、このメニューを見ているだけでもつながりが広がるようなところがありましたよね。
小里:こういうことも頼めるんだと。
吉井:そうそう、こんなこと言ったらバカにされるかなと思ったけど、それでいいんだという感じで。
牧野:使いたくて一生懸命見るんですよ。何かしてもらうことないかなって。でもなかなかね、これくらいのことを頼むのはと思ったりして。
小里:ところでみなさん、収支はいかがですか。
吉井:私は減っちゃって減っちゃって今、五六〇〇結い。半分になっちゃいました。
全員:すごい!
小里:大豆引きの手伝いが大きかったんですか。
吉井:いえ、メンバーの方にはっぴを作ってもらったんですよ。あと旅行中のウサギ預かりがあったし。
沼田:私は一万ちょっと。
小里:私は一一一〇〇〇結い残ってます。
牧野:私なんか一三〇〇〇結いも持ってる。私はボランティアセンターで、特に目の不自由な方へのサポートをしているので、福祉関係のイベントとか当たり前にお手伝いで参加しているんですよね。その、いつもやっていることに声がかかって、さらに結い券がいただけるなんて、それはものすごくうれしかったです。それまでは私はとてもだめだわ、声をかけるのもできないし、多分声もかからないだろうなんて勝手に思いこんでいたのが、声がかかって、しかもこんなにもらって。
吉井:ひとつ変えてほしいのが、物に使えるようにして欲しいんですよ。
牧野:物と言えば?
吉井:うちの米とかですね。農家は生活と遊びと仕事が全部つながっているものだから、暇がないんですよ。これは遊びなんだろうか、家の仕事なんだろうか、それともこれは農協の仕事なんだろうかという感じでやってるもんだから、どんどん「結い」が減っていくんです。何かをしなきゃいけないと思いつつ時間が全然ないんですよ。その分、物で解決できればと。
沼田:例えば、私の家にお米を持ってきてもらったときに。
吉井:その代金を「結い」でもらえるようにしてもらえると農家は助かると思うんですよ。
牧野:でもこれはお金じゃないから。
吉井:事務局には物は物々交換にして、基本的には物に使わないで欲しいと言われて、ああそうかなと思ったんですけど、どんどん減っていくのを見ると、やっぱり私は物じゃないと増えることはないのかなと思っちゃったんです。
沼田:配達料を「結い」にすれば。
小里:野菜の斡旋と同じように、お米はお金をもらって配達というサービスの部分を結い券にしたらいいんじゃないですか。物の代金にしちゃうとあっという間になくなっちゃう。やっぱりサービス部分を、配達とか斡旋とかそこら辺をどんどん「結い」でやったら。
沼田:それはいいかもしれない。代金プラス「結い」として。そしたら広がるかもしれない。
名人の技も「結い」で学ぶ
小里:前にごんずいの取材で久木野の石垣積みの名人の話を聞いたんですが、そういう技術を学んだりするのにも「結い」のありがとうのやりとりが使えればと思うんですけど。
吉井:技術を残すことにも使いたいですね。石積みなんか二〇年たったら誰もできんですもん。
小里:その人が死んだらおしまいという技とか知恵とかがすごくあると思うんです。そういうのを「結い」を使って、光を当てる。そうすると久木野でやろうとしている村まるごと生活博物館とつながってくるんじゃないですか。
吉井:つながってきますね。いろんな技術をもった人がいますから。うちのすぐ下に豆腐づくりの名人がいるんです。そういうのを埋もれさせたくない。埋もれてはいないけど、そういう技術がいっぱいあるんです。
牧野:水俣も中心部にばっかり人が寄っているでしょう。山の方には使われていない田んぼや畑があるみたいじゃないですか。そういうところを使いたいという人が、近くに五〇坪二〇〇万円の家をみんなで作って、もっと人口が散らばったらおもしろいことができそう。
小里:人の流れが逆になるような。
牧野:その土地の伝統の味を、どっさりじゃなくていいから少しずつ何種類かそれでお昼が食べられるというのがいいですねえ。吉井さんのそばにそんなところが作れそうな場所があったら出向こうかしら。五〇坪二〇〇万で場所を作って、移り住んで。
吉井:レストランは無理にしても加工場くらいはしたいなと思ってるんですよね。
小里:お豆腐も欲しいんですよ。うちなんか毎週湯豆腐してるの。お豆腐大好きだから。でも、仕事帰りに久木野にお豆腐買いに行くっていうのは難しいし。
吉井:私は毎週木曜日に町に降りていきますよ。
小里:そのときにお豆腐があれば買いたいな。
沼田:私もお豆腐食べたい。
小里:お豆腐代と結い券で。
吉井:五,六人集まれば一人一〇〇結いで十分。大きさとか値段とかを朝市の値段を参考にまずは考えてみないと。おばちゃんたちはこんな大きいので作るんです。一気に二一丁とか作るんでまとまれば作ってくれるかも。
老後も「結い」でおいしく楽しく
沼田:私はもう一つね、こういう結いを使ってやりたいと思うのは、今、すごい老齢化しているでしょ。ここら辺も一一軒あるけど、私より年下は一人しかいないの。ほとんど六〇後半、七〇、八〇歳なんですよ。夫婦だけでいるから、食べ物も大変になるんじゃないかなと思って。
吉井:老齢化は久木野だけじゃないんだ。
沼田:近くのお店を見ると、お総菜を買っているのはお年寄りなんですよね。言っちゃ悪いけど、おいしい物じゃないですよね、あのお総菜は。私たちもいずれそういう風になるからちゃんとおいしいものが食べられるように、お総菜でも届けられるシステムができないかしらと思うんですよね。素材としては久木野でお年寄りが作っているものとかを活用して。
吉井:それをやると久木野みたいな田舎は野菜を買ってもらって助かるし、しなはるかどうかはわからんけどそれで作る人もいるし。
沼田:自分がその年になってから始めたって間に合わないでしょ。やってあげる側の時から参加しておけば、自分がその年になったときにはやってもらえるのかなあと思うから。
小里:加工場があって周りの野菜でお総菜を作って、比較的若い人が配達するというレールを今から引いておくと。結いとそれが成り立つお金の部分がいるでしょうけど。
吉井:お年寄りも運動がてら来てもらえれば、こっちも助かりますよね。六〇歳以上の高齢者対象の農作業。大豆引きなら誰でもできるし。
小里:お天気のいいときに、結い券で誰かが車を出して乗せていきましょうとか。
沼田:まだ動ける人に、こういう人が作っていますから遊びがてら見に行きましょうとか、そういう介護はできるわけですよね、私たちでも。
吉井:結い総菜ということで、半分は「結い」、半分はお金で。
沼田:それがいいわね。
小里:からだが動く人は結い券で労働提供して。
牧野:それがいい、それがいい。
吉井:お料理って手を使いますよね。ぼけ防止になる。
小里:いろんな仕事があるでしょう。今日は当番だから行かなくっちゃっていうのが生活の張りになるし、自分に役割があるって大事ですね。
牧野:どこかで喜んでもらえるかなあと思うだけで楽しいですよね。
小里:他人のためでもあるけど、自分が住んでいるところで年を取ったときの、おいしいものを食べて元気に過ごすための結いの仕組みを考えたいですね。年取ったらこういうことしたいと今からいっぱい言っといて、お友達を作って。
今日はありがとうございました。
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川部岬
早朝に水俣を出る。車を走らせ長島を通って一時間弱、諸浦(しょうら)港に着いた。手を伸ばせば獅子島に届きそうな感じがする。小さな港の駐車場には食料品を乗せた車、ダンプカーたちがひしめき、出港を待っていた。
フェリーの出発まで間がある。フェリー発着所から目と鼻の先にある葛輪へと足を運んだ。海沿いに道路があり、それを挟んで家々が並んでいる。船溜まりに漁船がズラリ。海をのぞき込むと砂底が見えるほど水が澄んでいた。魚影が濃い。どの家の前にも人が出ていて、海を見ながら話し込んでいる姿が目に付く。今日の空、風、潮の具合いを見計らっているのだろうか。戸数に対し船の数が多く、船の大きさは水俣・芦北地域のものより大振りだ。漁で生計を立てている家がほとんどに違いない。波止場の端に恰幅のいい恵比寿さんを見つける。潮風を受けてニカッと笑っている。こちらもニカッとやる。どうやらこの恵比寿さん、昭和生まれらしい。「昔はどこにいたのですか」と尋ねたくなってくる。 近頃はほこらや石を見つけると、近寄って見るようになった。ほこらにもいろいろあって、中にいるのはお地蔵さんだったりえびすさんだったり…。その地域・場所によって違うからおもしろい。海・川・山・たんぼ・水・道・風・火…八百万(やおよろず)の神々とはよく言ったものだ。
いよいよフェリー出港の時間となる。カライモ型双頭フェリー「ロザリオ」(お尻がない)に乗ったと思ったら、降りなくてはならない。一〇分ほどで獅子島の片側港に着いてしまう。山がちな島である。集落を結ぶ道路は山の中腹または海岸線を通っている。片側から幣串に向かった。道沿いの山には甘夏や温州みかんがたわわに果実を実らせている。道路と山の境に念入りに電気柵が張り巡らされており、柑橘園にやってくる動物を連想した。イノシシ、タヌキ、あるいはサル?
幣串では漁師さんのお宅で話を聞かせていただく。
「幣串の戸数は百戸くらい。漁業をしていないところは少ないです。約三〇戸がブリ中心の養殖をしています。前は人を雇ってやっているところが多かったが、最近は機械化が進んで家族でやるようになりました。アオサの養殖は一〇戸くらいで、冬が時期。経費がかからなくて値段が安定してます」
玄関に干してあったアジゴと石エビをいただき、漁師さんについて幣串を散歩した。
港には巻き網船、ゴチ網船などが所狭しと繋いであった。船に太めの竹竿のようなものが取り付けてある。以前、長島町の蔵ノ元の港や牛深港で見かけ、不思議に思ったものだ。漁師さんは「ブリを引っかけるのに使う」と言っていた。やはり釣り竿の一種なのだろうか。フェリーの時間まで車で島を巡ってみるというと、漁師さんが案内をしてくれるという、ありがたい。水俣から見える海岸線の集落、立石や湯の口へと向かった。
獅子島は森が多い。かつては隣の御所浦島から坑木にする松を切り出しに来ていたというのもうなずける。山でも集落でも松の木が目に付いた。
立石の集落は幣串や湯ノ口に移動した家もあり、戸数は一〇戸ほど。浜には緑色の網が竹竿に支えられて立っている。アオサの養殖だという。ウエットスーツに身を包んだ男性が若草色の網を浜に並べていた。民家の屋根に網とロープが広げてある。干しているのか?と思っていると、このあたりは台風の影響を受けやすいので、ゴチ網を瓦に載せて重しにしているのだということだった。
最後に行った湯ノ口の港で、やっと出会うことができた。かなり昔からいると思われる恵比寿さんに! 民家と倉庫の間にちょこん座り、海の方を向いていた。あまりの嬉しさに駆け寄ってしまう。ありゃ、二人いる。恵比寿さんの横には女性?とおぼしき丸い頭の神様がこれまたちょこんとすわっていた。まだまだ石に惹かれ始めて間もないとはいえ、このような2人は見たことがない。水俣付近の恵比寿さんはいつも一人で海を見守っていたはず。不知火町の海沿いにいた不動明王さん?、牛深市で見かけた極彩色の神様が脳裏をよぎる。不知火海圏といえども、海沿いに居るカミサマが必ず恵比寿さんではないのだ。恵比寿は一人で海を見守って居なきゃいけないわけではないのだ。
半日で駆け足の獅子島半周となった。けれど「いつも海の向こうに眺めている島」、風景としての存在だった獅子島が、ぐっと身近に感じられるようになった。「今日はどうしているだろう」。対岸に住む人と暮らしが気になってきた。
「食事は家で食べる。作って食べる、とってきて食べる」。そんな暮らしが脈々としている地域には、安心感がある。心惹かれてしまう。だから、ここにいてしまうのかなと思う今日この頃である。