一九九五年九月二九日に、「水俣病問題の解決について」と題した解決案が政府から示されました。この解決案には未認定患者の救済と同時に国や県が「地域再生・振興のための施策を行う」と明記され、さらに私たち患者と企業が地域住民と共に「もやい直し」などの地域の再生・振興に積極的に取り組むことも記されています。私たちは被害者としての救済だけでなく、地域住民の一人として地域の再生・振興の必要性を実感しており、そのために積極的に取り組むつもりです。
解決案には「地元での検討も踏まえつつ、地域において健康上の不安の解消と健康増進を図る保健対策の充実、水俣病の発生地域としての特性を活かした研究・教育機能の充実、地域住民全体への支援を目的としたインフラの整備等の施策」と記されています。また、六月二二日に与党三党から提出された「水俣病問題の解決について」においても同じ趣旨の文言が記されています。
しかし、いずれの文書にもそれ以上の具体的な内容は記されていません。よって私たちは私たちの考える地域再生・振興のための提案を行うべきだと考えました。私たちは水俣病事件の被害者として、また地域住民の一員として、国・熊本県・関係市町・連立与党各党の関係諸機関に次の提案をすることにしました。私たちが意見を述べること、それを関係諸機関が十分に汲み取り実行されることは、そのこと自体が「水俣病の教訓」を活かすことになるでしょうし、「もやい直し」につながるのだと考えています。
関係諸機関におかれては私たちの意見を十分に採り入れ、早急に具体案を作成され、実行されることを希望いたします。
水俣地域再生・振興計画についての提案
一、水俣病被害者の慰霊について
水俣病によって、数多くの人々が健康を害され、死にいたりました。その多くは水俣病であることさえ認められず、さまざまな病名を付けられ、あるものはニセ患者の汚名をかぶせられたままこの世を去っていきました。当人の悔しさもさることながら、残された遺族の気持ちを考え、もやい直しの原点として、遺族と地域住民・関係諸機関が一体となって「水俣病死没者の慰霊」を行うべきだと思います。
水俣においては、一九九二年から水俣市の主催で「慰霊式」が行われています。これには水俣市長だけでなく、熊本県知事も出席されています。私たちは政府の代表もこれに参加するべきだと考えます。来年は水俣病が公式に確認されてからちょうど四〇年目にあたります。これを機会に政府代表も慰霊式に参加され、それを恒例化していただきたいと思います。
また、水俣市において「メモリアルオブジェ」の取り組みがなされていることも承知しております。最も重要なものは形あるものではなく、死者の霊を慰める人々の心です。メモリアルオブジェができればそれで終わりということではなく、建立の精神をいつまでも継承することこそが重要なことであろうと考えます。そのことにも十分なご配慮をお願いいたします。
二、水俣病被害者・地域住民の介護施設について
水俣病が不治の病であることは周知の通りです。また、地域住民の高齢化も憂慮されています。現在、水俣病認定患者については明水園が設置され、不十分だとはいえ一応の体制が整っています。しかしながら、今回の救済対象者は水俣病と認定されたわけではなく、また対象外となるものも数多いものと想像されますし、地域にはそれ以外にも介護を必要とする人々が多数存在します。水俣病の教訓を活かしたもやい直しを行うためにも、水俣病認定患者以外にも医療と介護の施設とシステムの設置が必要だろうと思われます。
重症者には長期に入園できる施設、中・軽症者には通園できる施設、あるいは自宅に介護者を派遣できるシステムが必要です。また、もやい直しとは「患者」・「市民」という分け方をなくすことでもあろうと考えます。そういった壁がなくなり、同じ地域の住民と意識されたときに「もやいの街」となるのだと思います。そのためにはすべての地域住民が自由に集い合い、未来を語り合い、それが実現していけるようなゆったりとした施設が必要です。これらを複合した施設は「もやい直しセンター」として出発し、いつの日か「もやいセンター」となることでしょう。その日を迎えるためには、運営においてももやいの精神を活かした柔軟な姿勢が必要です。
水俣病の教訓を活かした街づくりには「弱者に優しい街」は欠かせません。胎児性水俣病患者を含む重度障害者で自立生活を望む人々のために、介護人が常駐する専用住宅=「ケア付きアパート」などについても検討していただきたいと思います。従来の施設が町中から離れたものであるのとは反対に、障害者の活動が容易になるようにできる限り町の中心部に設置する必要があると考えます。このような施設は身近にあって初めて役立つものです。水俣病の被害地域の広がりを考えれば、水俣・芦北三町・御所浦町・鹿児島県出水市・東町など不知火海沿岸各地に地域の実情にあった施設が設置されるべきだと考えます。
また、温泉治療は古くからある治療法であると同時に、水俣病被害者が行ってきた治療法でもあります。可能な地域には「温泉治療センター」といったものを設置され、被害者・地域住民が自由に恩恵に服せるようにしていただきたいと思います。
三、介護士の養成施設について
右の介護施設・システムを実現していくためには多くの介護人が必要となります。現在介護士は著しく不足していると聞き及びます。早急に介護士を増やしていくためには介護士の養成施設を設置する必要があります。介護士養成施設を建設する場所としては水俣病被害地域が最も適していると思います。なぜならば介護を要する人々が最も集中している地域だからです。このことも重要な課題としてご検討いただきたいと思います。
四、水俣病事件を研究していく施設について
なぜ水俣病が発生したのか、なぜここまで拡大してしまったのか、なぜこんなに救済が遅れたのか、また、水俣病の被害とはどんなものだったのか、どれほどの広がりをもつものなのか、水俣病の教訓とは何か。それらを研究し明らかにしていく必要があります。
また、「水俣は公害の原点」といわれてきましたが、今や人類にとって最大かつ最も深刻な共通課題となっている環境問題の原点でもあります。環境破壊が人類にどのような影響をもたらすのかを水俣病事件は明示していると言えます。
身をもって環境破壊の恐ろしさを体験した水俣の地に、水俣病事件と環境問題を総合的に研究し、世界に対してあるべき姿を提唱していける「環境科学研究所」といった施設を作るべきだと考えます。この施設には日本国内はもとより、東南アジア・南アジア・中南米・東ヨーロッパなど海外の研究者をも受け入れられるようにすべきです。これらの地域は今後急速な環境の悪化が予想されるからです。もちろんそういった研究者に対しての財政的な補助も必要です。また、従来の理化学系偏重ではなく、社会学系の研究者も受け入れ、総合的な研究がなされるような保障も必要です。環境問題についての国際的な会議を誘致してこの施設で開催することなども考えるべきです。また、水俣病事件と環境問題に関する資料を収集することや事件の生き証人である被害者・地域住民・チッソ関係者からの聞き取り調査なども重要な任務の一つとなるでしょう。
水俣には多くの被害者がいます。健康破壊はもとより、地域共同体の破壊も経験しています。そういった意味で水俣地域住民は公害・環境問題の実践者であります。患者も含む地域住民すべてが教員となるべき資格を持っています。水俣病・公害問題・環境問題を研究する中において、地域住民は研究対象としてだけではなく、その経験と実践を生かせる教員と位置づけるべきです。
現在の国立水俣病研究センターは世界で唯一の水俣病研究のための施設と位置づけられています。しかしながら、地域の住民にとっては遠い存在であり、何が研究され、どのような成果があり、どのように地域・国内・世界に還元されているのか明らかにはされていません。「環境科学研究所」が今後設置されるにあたっては、その施設の使用が内外の研究者にも許され、その研究の成果が地域住民・社会に成果が還元されるようなものである必要があります。
五、水俣病事件を正しく伝えるための施設について
現在、水俣には熊本県立の環境センター、水俣市立の資料館、そして相思社の水俣病歴史考証館があり、それぞれの施設に年間数千〜数万の人々が訪れています。熊本県内・九州域内はもとより、中国・四国・近畿・関東方面からも、時には小中学校・高校が校外学習・修学旅行・平和学習・同和学習として、また、大学生や教職員・あるいは行政の職員が研修のために訪れています。
しかしながら、施設の不備・講師の不足などにより十分な対応がなされているとは言えません。また、いまだに熊本県内の小学生から「水俣病が伝染病だと思っていた」という話が数多く聞かれるのが現状です。こういった状況を考えると、次代を背負う小中学生・高校生や行政官・教育者の方々に水俣病事件を正しく伝えていくことが急務であろうと考えます。また、もやい直しを考える上でも、地域の小中学生・高校生・教育者の方々にも積極的に取り組んでもらう必要もあります。そういった要請が今後ますます増加することは間違いありません。
現存の施設では二〇〇名以内の来訪に対応するのが精一杯で、それすら分割したり、公民館など他の施設を利用したりしているのが実状です。また、現存の施設が有機的に連携できているとは言えない状況でもあります。これらの施設をより多くの来訪者を受け入れられるものに改め、その運営においても統一的・有機的に行えるように改革する必要があります。
数日〜数週間といった短期の研修の要望もあります。それらの要望に応え、さらに広く呼びかけていく必要もあります。また、地域市町、熊本・鹿児島・新潟各県、環境庁・厚生省などの関係省庁の研修が水俣地域で行われるような働きかけも必要です。そのためには、宿泊施設も必要ですし、講師陣の育成・強化も必要です。
こういった施設が整備され、水俣地域に多くの人々が訪れるようになれば、地域の活性化にもつながることだと考えます。
以上のような諸施設が設置され、有機的に運用されるならば、水俣は世界の環境問題のメッカとなることでしょう。このことは地域にとっても日本全体・世界にとっても望ましいことであり、まさしく水俣病の教訓を活かすことになると思われます。
六、各施設の設置主体について
右に述べた各種の施設を設置するにあたっては各施設の性格などから国・熊本県・水俣市など地域市町がさまざまに協力し合うべきです。三者は財政規模・水俣病事件における責任の大きさを考慮して応分の負担を負うべきだと考えます。
七、各施設の運営について
水俣の地に各種の施設が設置されたとしても、それらが孤立していては存在価値が半減してしまいます。医者は医者、化学者は化学者、社会学者は社会学者といった観点でしかものを見ないのであれば、決して水俣病の教訓が活かされることはないでしょう。なぜなら水俣病の教訓はそういったことの弊害をも教えているからです。
また、研究者や行政が地域住民の意識から離れてしまうことも避けなければなりません。水俣病の原因究明期においても原因確定の後の被害者救済期においても、被害者や地域住民をないがしろにしていた結果が原因究明の遅れ、被害の拡大、救済の遅れをもたらしたという事実があります。この反省に立つならば運営においても一握りの行政官・研究者にゆだねることなく、地域住民の意見を柔軟に反映できるシステムが必要です。
例えば、現在の市立水俣病資料館・県立環境センターと今後設置されるメモリアルオブジェ、あるいは計画中の実生の森を「水俣病の教訓を伝え、祈りと癒しを願う区域」として一体のものと考え、水俣病事件に深く関わり趣旨を理解し、実践できる人たちを中心として独立した主体を作り運営していくことなども考えるべきです。こういったことも水俣病の教訓を活かすことにつながります。
八、地域産業の振興について
水俣病事件が長く解決を見なかった要因の一つに地域経済の疲弊があります。地域の特性を活かし、水俣病の教訓を活かした産業の育成が望まれます。これらは地元行政と地域住民が主体となって取り組むべき課題です。政府あるいは熊本県はこれら地元産業の振興の財政的な支援を行うべきだと考えます。
以上、私たちは被害者として、また地域住民として意見を申し上げました。内容からも分かるようにこれらは関係諸機関と地域住民が協力しなければ実行できるものではありません。関係諸機関におかれましては相互に十分に協議され、実現に向けて最大限の努力をしていただきたいと思います。
最後に、私たちは以上申し述べました意見が実行に移されるならばできる限りの協力を惜しまないことを付け加えておきます。
以上要望いたします。
一九九五年一〇月二〇日
水俣病患者連合 会長 佐々木清登
水俣病患者平和会 会長 石田勝
水俣漁民未認定患者の会 会長 滝下松雄
茂道水俣病未認定患者の会 会長 平木主税