内閣総理大臣 小泉純一郎 様


 四月二七日、大阪高等裁判所において判決が下された水俣病関西訴訟について、次のことを要望いたします。

 私たちは平成七年の水俣病政府解決策にもとづき、チッソ(株)と協定を締結いたしました患者団体です。新聞テレビ等でも「苦渋の選択」と報道されましたように、私たちにとってこの解決策は決して満足のいくものではありませんでした。二〇年以上もの長きにわたる闘いの中で、多くの仲間が命尽き、また床に伏すという状況でした。「命のあるうちには解決はつかないかもしれない」というぎりぎりの状況の中で他に選択の余地がなかったからです。また、「もやい直し」事業をはじめ、地域で患者を受け入れようとする機運が生まれていたからでもありました。
 関西訴訟の原告は、高度経済成長の最中、様々な理由で故郷の不知火海を追われ、遠く関西の地で病に冒された身と差別偏見の中で心身共に耐え難い労苦を背負い、致し方なく訴訟に及んだ方たちです。提訴から一九年、すでに原告五八名の内二〇名までが闘い半ばにして命を失っています。今、もし、上告ということになれば、何ら罪科のない原告患者・家族・遺族はさらに苦痛を強いられることになります。このようなことは人道上も許されるべきではないと思います。
 今、水俣では、水俣病の教訓を生かすべく様々な事業が行われています。そういった中で、徐々に水俣病の実体が明らかにされ、少しずつではありますが、私たち水俣病患者に対する偏見差別も減少しつつあります。こういった動きの中でもしも上告となれば、今までの努力が水泡に帰すおそれもあります。
 水俣湾の汚染魚介類が水俣病を引きおこし、チッソの排水がその原因であるという事実を把握しつつも、担当者の英断がなかったばかりに、解決を長引かせ被害を拡大させたことは水俣病の歴史の中でも明らかです。戦後経済復興、高度経済成長は一方で地方を崩壊させ、弱者に苦痛を強いました。水俣病事件はその最たるものといえるでしょう。水俣病事件は二〇世紀後半の日本における最大の負の遺産とも言えるものだと思います。
二一世紀を迎え、日本の新たなる旅立ちを願う国民の意思が小泉内閣を創出し、支えているのだと思います。二一世紀の日本が世界に誇れる国家となることはすべての国民の願いであろうと思います。新しい日本を創るためにも水俣病事件の教訓を生かしていただき、今こそ、小泉総理大臣、内閣のみなさまのご英断を強く望むものです。

要 望

一、 国・熊本県・チッソは水俣病関西訴訟控訴審判決の趣旨、原告患者らの実状、二一世紀の環境行政のあり方、被害地域における「もやい直し」事業の推進などに配慮し、上告権を放棄し高等裁判所判決に従うこと。

 平成一三年五月二日

水俣病患者連合 会長 佐々木清登