環境大臣 小池百合子 様

今後の水俣病対策についての申し入れ

二〇〇三年七月一六日

水俣病患者平和会              会 長 石田 勝
水俣病患者連合               会 長 佐々木清登
水俣病被害者の会全国連絡会      代表委員 森 葭雄
                          幹事長 橋口三郎

はじめに

 二一世紀は環境の世紀と呼ばれ、環境問題は人類の最大課題の一つとなっています。環境問題は近代化と共に発生し、拡大してきました。日本においても近代化は人びとに経済的な豊かさをもたらすと同時に深刻な環境問題、公害を生み出してきました。近代化が何をもたらし、何を失うのかを最も端的に示したのが『水俣』なのだと思います。
一九九五年の政府解決策により、二〇年以上にわたって争われてきた未認定患者の補償問題に一応の区切りがつけられました。私たちはこの解決策を受け入れましたが、決して満足のできるものではありませんでした。「苦渋の選択」と新聞見出しが踊ったように、あまりにも被害の実情とはかけ離れたもの、受け入れがたいものだったのです。しかし、長いたたかいの中で多くの仲間がこの世を去り、また病床に倒れていきました。補償内容には不満でしたが、解決策には「もやい直し」がうたわれており、地域で生きていくものとして、それ以降の取り組み、施策に期待したからこそ政府解決策を受け入れたのでした。
それから八年になろうとしています。私たちの仲間はますます高齢化し、病と生活に対する不安はますます大きくなっています。一方、周囲の偏見、差別、無理解も以前に比べれば緩和されたとはいえ、まだまだ解消されたというにはほど遠いと言わざるを得ません。
貴省におかれては、私たちの苦しみと思いを理解していただき、次に掲げる要望を是非とも実現して頂くよう、お願いいたします。
なお、これらの要望は私たちだけの要望ではなく、すべての水俣病患者、そして地域住民の願いであることもご理解頂きたいと思います。

要 望 事 項

一、水俣病総合対策医療事業の継続に関して
 本年九月に小池大臣が就任されました。すでに鈴木前大臣から引き継がれていることと思いますが、改めてこれまでの経緯を確認しておきたいと思います。
私たちは一九九五(平成七)年の水俣病政府解決策を受け入れました。この時の最重要課題は「医療事業の継続」でした。当時の村山首相は閣議決定された首相談話の中で『政府は今般の解決に当たり、総合対策医療事業、チッソ支援、地域の再生・振興などについて地元自治体と協力しながら施策を推進するとともに、水俣病の悲劇を教訓として謙虚に学び、わが国の環境政策を一層進展させ、世界の国々に対し、わが国の経験や技術を生かして積極的な協力を行うなど国際的な貢献をする所存だ』と述べました。また、大島環境庁長官も閣議後の記者会見で、『(長い)歴史を受け止め、これらの(解決)施策を誠実に実行していくことがわれわれの責務だ』と述べています。二〇〇二年一二月及び今年七月に鈴木大臣にお会いしたときにも、大臣は「九五年の政府解決策の受入は患者にとっても重大な決断であったと認識している。今後、国の医療制度が変わっても、患者負担がないようにしたい」と繰り返し述べられました。
私たちのみならず、すべての医療事業対象者にとって、一九九五年の政府解決策に記された医療事業の内容が厳守されることは最低限の要求であり、最大の懸念事項でもあります。熊本県、鹿児島県ともご協議の上、一九九五年の医療事業の水準が決して下げられることのないようにしていただきたいと思います。また、今後とも、医療事業の継続、医療手帳の終身にわたる補償が法律的にも保証されるよう、ぜひご尽力をお願いします。
 政府は医療制度の「改革」を進めており、患者たちにとって「医療補償の水準が下げられるのではないか」との不安がますます強くなっています。昨年から、老人保険制度の改定により、一時的ではありますが窓口負担が生じることになり、また、長期入院患者については入院料の一部が医療保険対象外となり患者の負担が生じるという事態になっています。それに対し貴省は昨年一二月には「こういった状態を解消すべく努力する」と約束され、今年七月には「公費負担番号を取得する予定となっている」と発言されました。その後の進捗状況をお聞きしたいと思います。

二、水俣病総合対策医療事業、医療手帳交付者への事業内容の拡充・改善に関して
 このことにつきましては以前から要望をしております。残念ながらいまだに前向きのご回答はいただいておりません。難しい問題であろうとは思っておりますが、一九九五年政府解決策を受諾した私たちの思いでありますので、あえて重ねて要望したいと思います。
御所浦島、獅子島などの離島に在住する患者の経済的負担は大きく、療養手当は現状に見合ったものとはなっていません。貴省におかれては離島の実態を調査され、しかるべき施策を行われるよう要望いたします。
 ハリ・灸治療につきましても、要望を続けておりますが、現行制度では補助額・回数とも充分なものとは言えません。水俣病に根本的治療法はなく、対症療法により少しでも苦しみをやわらげながら病気と付き合うしかないというのが、患者の現状です。患者の実態に即してハリ・灸治療の補助の増額と回数制限の緩和、並びにマッサージ治療も補助の対象としていただくように更に検討していただくようお願いいたします。
 患者は老齢化し、健康や生命に対する不安が増大しています。医療事業対象者も認定患者も病気の苦しみや生活に対する不安は同じです。しかしながら、両者の補償内容の違いは実態とかけ離れて大きいものと言わざるを得ません。今後とも、この隔たりを小さくするようにご検討頂きたいと思います。

三、水俣病総合対策医療事業、保健手帳交付者への事業内容の拡充に関して
 一昨年の貴省の調査結果からも、保健手帳を返上し認定申請をする患者が相当数に上ること、保健手帳の使用率の低いことが再確認されています。保健手帳を返上して認定申請をした患者が認定された事実をみてもわかるように、保健手帳該当者も水俣病に苦しんでいるのです。
保健手帳対象者に対しましても、医療費の自己負担分の全額保証をするなど、内容の拡充を今後とも検討していただきたいと思います。拡充策の前提といたしまして、保健手帳対象者からの聞き取りやアンケート調査などを実施し、具体的な問題点の把握に努められますよう、お願いいたします。

四、公害健康被害補償給付支給事務費交付金に関して
先の新聞報道によれば、財務省は、公害健康被害補償給付支給事務費交付金を一般財源に振り替える方針を示したとしています。
公害健康被害補償法は、言うまでもなくいわゆる四大公害裁判の成果を踏まえて制定されたものであり、民事責任を踏まえた損害賠償を補填する制度としての性格を有するものです。これらの制度を円滑かつ迅速に運営するために交付されているのが標記交付金であり、水俣病問題についても一定の役割を果たしてきた歴史的な経緯があります。
今回の財務省の方針は、このような経過を無視し、法の精神を捻じ曲げ、公害健康被害補償法の存在そのものを否定することにつながります。
貴省におかれては、公害対策に責任を負う立場を自覚し、毅然として財務省に対応されるよう強く申し入れるものです。

五、水俣病の教訓化、並びに教訓を伝える事業について
 一昨年六月に国立水俣病総合研究センターの付属施設として水俣病情報センターが開館しました。昨年六月には「水俣病関連資料整備検討会」が開催され、「水俣病関連資料総合調査事業」が開始されました。こういった取り組みは水俣病の教訓化と教訓を広く伝えるという意味においても非常に重要な事業であろうと考えます。
 環境問題は今や人類最大の課題といって過言ではなくなりました。環境問題への関心の高まりもあり、水俣病に対する関心も大きくなっています。近年、水俣を訪れる研究者、学生が徐々に増加しています。貴省におかれても、水俣に研修施設を設置するとのことであり、水俣病研究者にとってだけでなく、患者や地域住民にとっても望ましいことと評価しております。
 水俣病被害地域において、あるいはそれ以外の地域におきましても、いまだに水俣病と水俣病患者に対する偏見と差別は根強く残っています。一九九〇年に始まった「環境創造みなまた推進事業」や、貴省、熊本県、水俣市そして地域住民の努力により、徐々に状況は改善されてきました。しかし、根強い偏見をぬぐい去るまでには至っていません。
水俣病研究、水俣病の教訓化、情報発信はそういった偏見・差別の解消にも役立つことであり、私たちもできる限りの協力は惜しまないつもりですので、今後とも最重要課題の一つとして取り組んでいただきたいと思います。
平成八年度に始められた「水俣病セミナー」も定着し、中国をはじめ海外から水俣を訪れる方が増えるなど波及的な効果も見られます。国内におきましても水俣病患者が自らの経験を語る機会が徐々に増加しております。これらには貴省のご努力もあるものと評価しております。今後とも更に水俣病の教訓を伝えていくために事業を継続し、発展させて頂きたいと思います。
熊本県は環境教育の一環として水俣現地体験学習に力を注ぐようになりました。また、昨年からは小学生を対象とした水俣病に関するパンフレットを作成し、県内の小学生に配布しています。私たちもこのような施策を評価するとともに、さらなる努力をお願いしたいと思っています。また、水俣病を被害者だけではなく地域の問題と捉える人も増えつつあります。しかしながら、語り部や水俣病ガイド、水俣病関連地区の案内地図・案内板などの不足が深刻になっており、貴省や熊本県に対応をお願いしてきました。
このことにつきましては本年七月に前向きに検討する旨の回答をいただきましたが、個別的な対応ではなく、『水俣病の教訓を活かした地域づくり』といった視点から考えることがより有効であろうと思われます。例えば『水俣全体が水俣病資料館』といった「フィールドミュージアム構想」が良いのではないかと思われます。それにはまず貴省(国水研)、熊本県(環境センター)、水俣市、患者団体、地域の団体や市民などで構成する「水俣フィールドミュージアム検討会」といったものを設置してはいかがでしょうか。もちろん、私たちも協力を惜しみませんので、ご検討いただきたいと思います。

六、不知火海の異変調査と沿岸地域の再生・振興について
 昨年十一月末に「有明海・八代海再生特別措置法」が施行されました。この法律の施行により有明海・八代海(不知火海)の調査だけではなく、再生に向けて様々な施策を実施することが可能になりました。不知火海におきましても、水温上昇、赤潮発生、クラゲの異常発生、漁獲の減少などの異変がますます顕著になってきています。特に漁獲の減少による漁業者の生活苦は放置できない状況となっています。
水質調査、生物調査はもとより、漁業者からの聞き取り調査なども実施し、環境再生と同時に不知火海沿岸地域の再生・振興についても特段のご配慮をお願いいたします。

七、訴訟認定患者への医療費給付について
本年三月、水俣病第二次訴訟元原告二名が認定申請を棄却され、医療費が自己負担となり、経済的に苦しい状況におかれるようになりました。同じ水俣病患者でありながら、医療補償のない状況は私たちも見過ごすことはできません。訴訟上の水俣病患者にも医療費が給付されるようにご検討下さい。

八、協議の場について
 水俣病に関する諸問題について、今後とも患者団体との協議の場を設けていただき、真摯に患者の声に耳を傾けていただきたいと思います。
以上