熊本県知事 潮谷義子 様

今後の水俣病対策についての申し入れ

二〇〇三年一二月一七日
水俣病患者平和会                会 長 石田 勝
水俣病患者連合               会 長 佐々木清登
水俣病被害者の会全国連絡会      代表委員 森 葭雄
                          幹事長 橋口三郎

はじめに
 
二一世紀は環境の世紀と呼ばれ、環境問題は人類の最大課題の一つとなっています。環境問題は近代化と共に発生し、拡大してきました。日本においても近代化は人びとに経済的な豊かさをもたらすと同時に深刻な環境問題、公害を生み出してきました。近代化が何をもたらし、何を失うのかを最も端的に示したのが『水俣』なのだと思います。
さて、水俣病問題は長く「県政の最重要課題」とされてきました。一九九五年の政府解決策により、二〇年以上にわたって争われてきた未認定患者の補償問題に一応の区切りがつけられました。私たちはこの解決策を受け入れましたが、決して満足のできるものではありませんでした。「苦渋の選択」と新聞見出しが踊ったように、あまりにも被害の実情とはかけ離れたもの、受け入れがたいものだったのです。しかし一方では、長いたたかいの中で多くの仲間がこの世を去り、また病床に倒れていくという状況がありました。補償内容には不満がありましたが、解決策には「もやい直し」がうたわれており、地域で生きていくものとして、それ以降の取り組み、施策に期待したからこそ政府解決策を受け入れたのでした。
それから八年になろうとしています。私たちの仲間はますます高齢化し、病と生活に対する不安はますます大きくなっています。一方、周囲の偏見、差別、無理解も以前に比べれば緩和されたとはいえ、まだまだ解消されたというにはほど遠いと言わざるを得ません。
水俣病問題が解決していないことは知事も充分に認識されていると思います。私たちの苦しみと思いを理解していただき、熊本県として、次に掲げる要望を是非とも実現して頂くよう、お願いいたします。
なお、これらの要望は私たちだけの要望ではなく、すべての水俣病患者、そして地域住民の願いであることもご理解頂きたいと思います。

要 望 事 項

一、水俣病総合対策医療事業の継続に関して
私たちは一九九五(平成七)年の水俣病政府解決策を受け入れました。この時の最重要課題は「医療事業の継続」でした。当時の村山首相は閣議決定された首相談話の中で『政府は今般の解決に当たり、総合対策医療事業、チッソ支援、地域の再生・振興などについて地元自治体と協力しながら施策を推進するとともに、水俣病の悲劇を教訓として謙虚に学び、わが国の環境政策を一層進展させ、世界の国々に対し、わが国の経験や技術を生かして積極的な協力を行うなど国際的な貢献をする所存だ』と述べました。また、大島環境庁長官も閣議後の記者会見で、『(長い)歴史を受け止め、これらの(解決)施策を誠実に実行していくことがわれわれの責務だ』と述べています。一一月二六日に砂田環境大臣政務官にお会いしましたが、政務官は「九五年の政府解決策の受入は患者にとっても重大な決断であったと認識している。今後、国の医療制度が変わっても、患者負担がないようにしたい」と、歴代の大臣同様、最重要課題と理解していることを示されました。
私たちのみならず、すべての医療事業対象者にとって、一九九五年の政府解決策に記された医療事業の内容が厳守されることは最低限の要求であり、最大の懸念事項でもあります。環境省、鹿児島県ともご協議の上、一九九五年の医療事業の水準が決して下げられることのないようにしていただきたいと思います。また、今後とも、医療事業の継続、医療手帳の終身にわたる補償が法律的にも保証されるよう、ぜひご尽力をお願いします。
 しかし、一方では、政府は医療制度の「改革」を進めており、患者たちにとって「医療補償の水準が下げられるのではないか」との不安がますます強くなっています。昨年から、老人保険制度の改定により、一時的ではありますが窓口負担が生じることになり、また、長期入院患者については入院料の一部が医療保険対象外となり患者の負担が生じるという事態になっています。それに対し環境省からは昨年一二月に「こういった状態を解消すべく努力する」、今年七月に「公費負担番号を取得する予定となっている」、一一月に「技術面も含めて関係自治体と協議を進めている。来年度初めまでには公費負担番号を取得する予定」とうかがいました。熊本県の作業状況、また問題点などありましたらお聞かせいただきたいと思います。

二、水俣病総合対策医療事業、医療手帳交付者への事業内容の拡充・改善に関して
 御所浦島、獅子島などの離島におきましては、入院・手術ができる医療設備が島内になく、緊急時の対応の遅れにより失わなくてもよい命が失われることもありました。また、通院なども容易ではなく、離島に在住する患者の時間的、経済的負担は大きなものとなっています。離島における医療設備を充実するなど、安心して暮らせるようにしていただきたいと思います。環境省などともご相談の上、実態調査を行い、対策を講じられるよう、お願いいたします。
 ハリ・灸治療につきましても、要望を続けておりますが、現行制度では補助額・回数とも充分なものとは言えません。水俣病に根本的治療法はなく、対症療法により少しでも苦しみをやわらげながら病気と付き合うしかないというのが、患者の現状です。患者の実態に即してハリ・灸治療の補助の増額と回数制限の緩和、並びにマッサージ治療も補助の対象としていただくように更に検討していただくようお願いいたします。
 患者は老齢化し、健康や生命に対する不安が増大しています。医療事業対象者も認定患者も病気の苦しみや生活に対する不安は同じです。しかしながら、両者の補償内容の違いは実態とかけ離れて大きいものと言わざるを得ません。今後とも、この隔たりを小さくするようにご検討頂きたいと思います。

三、水俣病総合対策医療事業、保健手帳交付者への事業内容の拡充に関して
 一昨年の環境省の調査結果からも、保健手帳を返上し認定申請をする患者が相当数に上ること、保健手帳の使用率の低いことが再確認されています。保健手帳を返上して認定申請をした患者が認定された事実をみてもわかるように、保健手帳該当者も水俣病に苦しんでいるのです。
保健手帳対象者に対しましても、医療費の自己負担分の全額保証をするなど、内容の拡充を今後とも検討していただきたいと思います。拡充策の前提といたしまして、保健手帳対象者からの聞き取りやアンケート調査などを実施し、具体的な問題点の把握に努められますよう、お願いいたします。

四、公害健康被害補償給付支給事務費交付金に関して
一一月八日付の朝日新聞報道によりますと、財務省は、公害健康被害補償給付支給事務費交付金を一般財源に振り替える方針を示し、環境省に検討を求めたとしています。
公害健康被害補償法は、言うまでもなくいわゆる四大公害裁判の成果を踏まえて制定されたものであり、民事責任を踏まえた損害賠償を補填する制度としての性格を有するものです。これらの制度を円滑かつ迅速に運営するために交付されているのが標記交付金であり、水俣病問題についても一定の役割を果たしてきた歴史的な経緯があります。
今回の財務省の方針は、このような経過を無視し、法の精神を捻じ曲げ、公害健康被害補償法の存在そのものを否定することにつながります。
これに対し、私たちは環境省、財務省、総務省に対し標記交付金の廃止や一般財源化を思いとどまるように申し入れました。そして、一二月二日の熊本日日新聞報道によりますと、環境省は財務省に対し標記交付金を「廃止・縮減」対象から外すように伝えたとあります。この問題は私たちにとっても非常に重要な問題であり、熊本県としても環境省、財務省、総務省などに、「廃止・縮減」を思いとどまるよう、強く申し入れていただきたいと思います。

五、水俣病の教訓化、並びに教訓を伝える事業について
 一昨年六月に国立水俣病総合研究センターの付属施設として水俣病情報センターが開館しました。昨年六月には「水俣病関連資料整備検討会」が開催され、4年計画で「水俣病関連資料総合調査事業」が開始されました。こういった取り組みは水俣病の教訓化と教訓を広く伝えるという意味においても非常に重要な事業であろうと考えます。
 環境問題は今や人類最大の課題といって過言ではなくなりました。環境問題への関心の高まりもあり、水俣病に対する関心も大きくなっています。近年、水俣を訪れる研究者、学生が徐々に増加しています。環境省は水俣に研修施設を設置するとのことであり、水俣病研究者にとってだけでなく、患者や地域住民にとっても望ましいことと評価しております。
 水俣病被害地域において、あるいはそれ以外の地域におきましても、いまだに水俣病と水俣病患者に対する偏見と差別は根強く残っています。一九九〇年に始まった「環境創造みなまた推進事業」や、熊本県、水俣市、環境省、そして地域住民の努力により、徐々に状況は改善されてきました。しかし、根強い偏見をぬぐい去るまでには至っていません。
水俣病研究、水俣病の教訓化、情報発信はそういった偏見・差別の解消にも役立つことであり、私たちもできる限りの協力は惜しまないつもりですので、今後とも最重要課題の一つとして取り組んでいただきたいと思います。
平成八年度に開始された「水俣病セミナー」も定着し、中国をはじめ海外から水俣を訪れる方が増えるなど波及的な効果も見られています。一一月の環境省からのお話しによりますと、今後は海外から研修生も招き水俣病の教訓を伝えるとともに、国内におきましてもセミナーを開催する予定とのことでした。
熊本県は二〇〇二(平成一四)年度から県内の小学五年生を対象に、水俣市で環境学習する「こどもエコセミナー」を開始し、また、小学生を対象とした水俣病パンフレットを作成し、県内の小学生に配布するようになりました。県内のすべての学校の生徒が水俣を訪れ、あるいは水俣病について学習することは、水俣病に対する偏見・差別の解消にもつながることであり、有意義なことだと評価しています。このことにつきまして、八月にも問題点を指摘しましたが、再度県の方針をお聞かせいただきたいと思います。
子どもエコセミナーの実施により、今まで水俣を訪れたことのない学校、生徒が水俣を訪れるようになったことは高く評価できますが、指定校が全体の三分の一程度ということであり、指定校だけが水俣を訪問すると三分の二の生徒は水俣に来ないということになります。そのことにつきまして、以前から水俣を訪問していた学校の先生方から「今年は指定校にはなっていないが、学校の方針として水俣を訪れたい。しかし、指定校になった年とならなかった年とでは児童の負担が異なり、混乱が生じている。何とかならないだろうか」、「三年に一度と言うことになり、今年水俣に行くかどうか迷っている」、「今までは水俣病歴史考証館を見学していたが、今年はエコセミナーの対象校となったので考証館に行けなくなった」、「エコセミナーの対象校となったので、指定された施設をみんな回ると、漁村に行ったり、水俣の海に行ったりして自然と親しむ時間がなくなった」といった話が私たちに寄せられています。予算の関係もあるでしょうが、指定校制度を廃止し、希望があれば毎年水俣を訪問できるようにしていただきたいと思います。また、訪問先の規制があるのであれば、それを撤廃していただきたいと思います。もし、規制ではなく、単に例示しているだけであれば、その中に考証館見学や水俣の自然に親しむこと、なども加えていただき、それぞれの学校が自由裁量しやすいようにしていただきたいと思います。
水俣市の新任職員や国家公務員の水俣新任研修では民間の水俣病関係者からも話を聞くことが定例化しています。熊本県として職員の水俣病研修について八月にもお尋ねしましたが、民間施設の見学や民間人の話を聞き、幅広い理解を得られるよう重ねて申し入れます。
水俣病の語り部や水俣病ガイド、水俣病関連地区の案内地図・案内板などの不足が深刻になってきています。このことにつきまして八月には前向きに検討するとのご回答をいただきました。
その後、環境省や熊本県の方々とお話しをする中で、個別的な対応ではなく、『水俣病の教訓を活かした地域づくり』といった視点から考えることがより有効であろうとの話に発展してきました。例えば『水俣全体が水俣病資料館』といった「フィールドミュージアム構想」の視点です。それにはまず熊本県(環境センター)、環境省(国水研)、水俣市、患者団体、地域の団体や市民などで構成する「水俣フィールドミュージアム検討会」といったものを設置してはいかがでしょうか。もちろん、私たちも協力を惜しみませんので、ご検討いただきたいと思います。
なお、一〇月三一日付の熊本日日新聞、朝日新聞によりますと、『水俣病の象徴 恋路島売却へ 市が方針』、『「恋路島売ります」 水俣市 遊休地一一カ所を売却方針』とあります。恋路島につきましては百間埋立地(エコパーク)や水俣市立水俣病資料館、熊本県環境センター、水俣病情報センター等と一体のものとして、「フィールドミュージアム構想」といったものの中で考えるべきものと思います。
また、二〇〇六年五月は、水俣病の公式発見から五〇年目にあたる歴史的な年です。この歴史的なときを今一度水俣病について考え、不知火海沿岸地域の発展をかんがえる機会にしていきたいと思います。このようなことについて熊本県はどのようなお考えをお持ちでしょうか、おうかがいしたいと思います。

六、不知火海の異変調査と沿岸地域の再生・振興について
 昨年十一月末に「有明海・八代海再生特別措置法」が施行されました。この法律の施行により有明海・八代海(不知火海)の調査だけではなく、再生に向けて様々な施策を実施することが可能になりました。不知火海におきましても、水温上昇、赤潮発生、クラゲの異常発生、漁獲の減少などの異変がますます顕著になってきています。特に漁獲の減少による漁業者の生活苦は放置できない状況となっています。
今年度の重点施策にも『有明海・八代海再生』が入れられ、その中に『八代海漁場環境調査』という項目も見られます。最近の新聞報道を見ましても、有明海・八代海再生に向けての動きが報じられています。そういった動きに対し、県がどのように関わられているのか、県としてどのような具体策を考えておられるのか、お聞きしたいと思います。

七、訴訟認定患者への医療費給付について
本年三月、水俣病第二次訴訟元原告二名が認定申請を棄却され、医療費が自己負担となり、経済的に苦しい状況におかれるようになりました。同じ水俣病患者でありながら、医療補償のない状況は私たちも見過ごすことはできません。訴訟上の水俣病患者にも医療費が給付されるべきだと考えています。この問題につきまして、環境省からは「国としても重要な問題と考えているが、具体的には県が方針を出すべきであり、それを見守っている」という趣旨の回答をいただきました。熊本県としてどのようにお考えになっているのか、お聞かせ願いたいと思います。

八、協議の場について
 水俣病に関する諸問題について、今後とも患者団体との協議の場を設けていただき、真摯に患者の声に耳を傾けていただきたいと思います。
以上