環境大臣 鈴木俊一 様

今後の水俣病対策についての申し入れ

二〇〇三年七月一六日

水俣病患者平和会              会 長 石田 勝
水俣病患者連合               会 長 佐々木清登
水俣病被害者の会全国連絡会      代表委員 森 葭雄
                          幹事長 橋口三郎

はじめに

 二一世紀は環境の世紀と呼ばれ、環境問題は人類の最大課題の一つとなっています。環境問題は近代化と共に発生し、拡大してきました。日本においても近代化は人びとに経済的な豊かさをもたらすと同時に深刻な環境問題、公害を生み出してきました。近代化が何をもたらし、何を失うのかを最も端的に示したのが水俣なのだと思います。
 一九〇八(明治四一)年にチッソが水俣にやってきました。一寒村であった水俣の近代化が始まったのです。チッソは発展を続け、同時に水俣の町も南九州においては並ぶものがないほど輝かしい町となりました。日本は敗戦により大きな痛手を被りましたが、水俣も同様でした。日本経済は戦後経済復興とその後の高度経済成長により奇跡的な復興、発展を遂げました。チッソもプラスチックの可塑剤(アセトアルデヒド、オクタノール、DOP)の生産を通じて日本の経済復興・発展に大きく寄与しました。それと表裏一体に水俣病が発生し、拡大し、数え切れないほどの被害者を生み出しました。
一九五六(昭和三一)年、水俣の人口が五万人を超えた年に水俣病の発生が確認されたのは偶然ではないでしょう。水俣病事件が人びとに「公害」の恐ろしさを知らしめました。環境をないがしろにすることの過ちを教えました。一九七一(昭和四六)年に環境庁が発足しましたが、最初に取り組んだ事件が水俣病の行政不服審査における棄却処分の取消裁決であり、環境庁事務次官通知の公布でした。しかし、残念ながら水俣病問題はその後も長く解決をみることはありませんでした。水俣病訴訟や自主交渉といったたたかいは患者たちが死に絶えるまで続くのかと思われたほどです。
一九九五年の政府解決策により、未認定患者の補償問題に一応の区切りがつけられました。私たちはこの解決策を受け入れましたが、決して満足のできるものではありませんでした。「苦渋の選択」と新聞見出しが踊ったように、あまりにも被害の実情とはかけ離れたもの、受け入れがたいものだったのです。しかし、長いたたかいの中で多くの仲間がこの世を去り、また病床に倒れていきました。補償内容には不満でしたが、解決策には「もやい直し」がうたわれており、地域で生きていくものとして、それ以降の取り組み、施策に期待したからこそ政府解決策を受け入れたのでした。
それから八年になろうとしています。私たちの仲間はますます高齢化し、病と生活に対する不安はますます大きくなっています。一方、周囲の偏見、差別、無理解も以前に比べれば緩和されたとはいえ、まだまだ解消されたというにはほど遠いと言わざるを得ません。
貴省におかれては、私たちの苦しみと思いを理解していただき、次に掲げる要望を是非とも実現して頂くよう、お願いいたします。
なお、これらの要望は私たちだけの要望ではなく、すべての水俣病患者、そして地域住民の願いであることもご理解頂きたいと思います。

要 望 事 項

一、水俣病総合対策医療事業の継続に関して
 私たちは一九九五(平成七)年の水俣病政府解決策を受け入れるにあたって、医療事業の継続が最大の関心事であり、最重要課題でした。当時の村山首相は閣議決定された首相談話の中で『政府は今般の解決に当たり、総合対策医療事業、チッソ支援、地域の再生・振興などについて地元自治体と協力しながら施策を推進するとともに、水俣病の悲劇を教訓として謙虚に学び、わが国の環境政策を一層進展させ、世界の国々に対し、わが国の経験や技術を生かして積極的な協力を行うなど国際的な貢献をする所存だ』と述べています。また、大島環境庁長官も閣議後の記者会見で、『(長い)歴史を受け止め、これらの(解決)施策を誠実に実行していくことがわれわれの責務だ』と述べています。昨年一二月に大臣にお会いしたときに、大臣は「九五年の政府解決策の受入は患者にとっても重大な決断であったと認識している。今後、国の医療制度が変わっても、患者負担がないようにしたい」と述べられました。
私たちのみならず、すべての医療事業対象者にとって、一九九五年の政府解決策に記された医療事業の内容が厳守されることは最低限の要求であり、最大の懸念事項でもあります。熊本県、鹿児島県ともご協議の上、一九九五年の医療事業の水準が決して下げられることのないようにしていただきたいと思います。また、今後とも、医療事業の継続、医療手帳の終身にわたる補償が法律的にも保証されるよう、ぜひご尽力をお願いします。
 政府は医療制度の「改革」を進めており、患者たちにとって「医療補償の水準が下げられるのではないか」との不安がますます強くなっています。昨年から、老人保険制度の改定により、一時的ではありますが窓口負担が生じることになり、また、長期入院患者については入院料の一部が医療保険対象外となり患者の負担が生じるという事態になっています。それに対し貴省は「こういった状態を解消すべく努力する」と約束されました。その後、どのような努力をされ、どのように解決されたのか、おうかがいしたいと思います。また、解決されない部分があるのでしたら、どのような方針を立てられているのかお聞きしたいと思います。

二、水俣病総合対策医療事業、医療手帳交付者への事業内容の拡充・改善に関して
 御所浦島、獅子島などの離島における医療補償につきましては、かねてより改善を要望してきましたが、いまだに十分な措置がとられておりません。離島に在住する患者の経済的負担は大きく、療養手当は現状に見合ったものとはなっていません。貴省におかれては離島の実態を調査され、しかるべき施策を行われるよう要望いたします。
 ハリ・灸治療につきましても、要望を続けておりますが、現行制度では補助額・回数とも充分なものとは言えません。水俣病に根本的治療法はなく、対症療法により少しでも苦しみをやわらげながら病気と付き合うしかないというのが、患者の現状です。患者の実態に即してハリ・灸治療の補助の増額と回数制限の緩和、並びにマッサージ治療も補助の対象としていただくように更に検討していただくようお願いいたします。
 患者は老齢化し、健康や生命に対する不安が増大しています。医療事業対象者も認定患者も病気の苦しみや生活に対する不安は同じです。しかしながら、両者の補償内容の違いは実態とかけ離れて大きいものと言わざるを得ません。今後とも、この隔たりを小さくするようにご検討頂きたいと思います。

三、水俣病総合対策医療事業、保健手帳交付者への事業内容の拡充に関して
 一昨年の貴省の調査結果からも、保健手帳を返上し認定申請をする患者が相当数に上ること、保健手帳の使用率の低いことが再確認されています。保健手帳を返上して認定申請をした患者が認定された事実をみてもわかるように、保健手帳該当者も水俣病に苦しんでいるのです。
保健手帳対象者に対しましても、医療費の自己負担分の全額保証をするなど、内容の拡充を今後とも検討していただきたいと思います。拡充策の前提といたしまして、保健手帳対象者からの聞き取りやアンケート調査などを実施し、具体的な問題点の把握に努められますよう、お願いいたします。

四、水俣病の教訓化、並びに教訓を伝える事業について
 一昨年六月に国立水俣病総合研究センターの付属施設として水俣病情報センターが開館しました。昨年六月には「水俣病関連資料整備検討会」が開催され、「水俣病関連資料総合調査事業」が開始され、本年から本格化するとうかがっています。こういった取り組みは水俣病の教訓化と教訓を広く伝えるという意味においても非常に重要な事業であろうと考えます。
 環境問題は今や人類最大の課題といって過言ではなくなりました。環境問題への関心の高まりもあり、水俣病に対する関心も大きくなっています。近年、水俣を訪れる研究者、学生が徐々に増加しています。貴省におかれても、水俣に研修施設を設置するとのことであり、水俣病研究者にとってだけでなく、患者や地域住民にとっても望ましいことと評価しております。
 水俣病被害地域において、あるいはそれ以外の地域におきましても、いまだに水俣病と水俣病患者に対する偏見と差別は根強く残っています。六月二四日付の熊本日日新聞によれば、『熊本市内で今月中旬に開かれた県中学校水泳競技大会で、出場した水俣市の中学生に別の学校の生徒が「水俣病が来た」などと差別的な発言をしていたことが二十四日、分かった』ということです。これは氷山の一角にすぎませんが、今も水俣病に対する偏見・差別が根強いことを端的に表しています。なお、これに対し『(この)男子生徒の姉(同中三年)が当日夜、発言した生徒が在籍するとみられた熊本市内の中学校に電子メールで抗議し、メールには「学校で水俣病と今の水俣のことをきちんと話してください」と書いていた』ということです。この女子中学生の勇気ある行動は患者として、地域住民として非常にうれしく思われますし、「もやい直し」や水俣病に対する地域活動の成果であろうというふうにも考えています。また、この新聞報道をみた別の学校(高校)の先生からその日のうちに「新聞で水俣病に対する差別が今もあることを知り愕然とした。自分の学校でも水俣病について学習したいから資料を送ってほしい」という問い合わせがあったことを付け加えておきます。
水俣病研究、水俣病の教訓化、情報発信はそういった偏見・差別の解消にも役立つことであり、私たちもできる限りの協力は惜しまないつもりですので、今後とも最重要課題の一つとして取り組んでいただきたいと思います。
平成八年度に始められた「水俣病セミナー」も定着し、中国をはじめ海外から水俣を訪れる方が増えるなど波及的な効果も見られます。国内におきましても水俣病患者が自らの経験を語る機会が徐々に増加しております。これらには貴省のご努力もあるものと評価しております。今後とも更に水俣病の教訓を伝えていくために事業を継続し、発展させて頂きたいと思います。
熊本県は環境教育の一環として水俣現地体験学習に力を注ぐようになりました。また、昨年からは小学生を対象とした水俣病に関するパンフレットを作成し、県内の小学生に配布するようになり、私たちも評価しております。しかしながら、語り部や水俣病ガイド、水俣病関連地区の案内地図・案内板などの不足が深刻になってきています。私たちも協力を惜しみませんので、こういった現状を改善するための施策を実施して頂きたいと思います。

五、不知火海の異変調査と沿岸地域の再生・振興について
 昨年十一月末に「有明海・八代海再生特別措置法」が施行されました。この法律の施行により有明海・八代海(不知火海)の調査だけではなく、再生に向けて様々な施策を実施することが可能になりました。不知火海におきましても、水温上昇、赤潮発生、クラゲの異常発生、漁獲の減少などの異変がますます顕著になってきています。特に漁獲の減少による漁業者の生活苦は放置できない状況となっています。
水質調査、生物調査はもとより、漁業者からの聞き取り調査なども実施し、環境再生と同時に不知火海沿岸地域の再生・振興についても特段のご配慮をお願いいたします。
また、今年二月から有明海・八代海総合調査評価委員会が始まりましたが、特別措置法に基づき今後どのようなプランで論議が進められ施策が講じられる予定なのか、スケジュールも含めてご説明願います。

六、魚介類の摂取規制について
 六月三日に厚生労働省 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会 乳肉水産食品・毒性合同部会が発表した「水銀を含有する魚介類等の摂食に関する注意事項」(以下『厚労省注意事項』と呼ぶ)によりますと、「妊娠している方又はその可能性のある方」に対し、バンドウイルカ、ツチクジラ、コビレゴンドウ、マッコウクジラ、サメ(筋肉)、メカジキ、キンメダイについて多量の摂取を控えるように注意を促しています。
 この厚労省注意事項に関しましていくつかの疑問を感じます。
(1) 公表されたデータからマグロが注意事項の対象とならない理由が理解できません。(三八,八四九人中、キンメダイを摂食しているもの二六四人に対し、マグロの場合一〇,三八〇人と四〇倍近くの人が摂食しており、これらを同列に考えること自体に疑問を感じます。一日摂取量の平均がキンメダイの七六.八グラムに対してマグロが二一.二グラムであるのは摂取者の数が圧倒的に多いためだと思われます。マグロの摂取者が多いということはマグロを多食している人も多いと考えるのが当然であろうと思われます。しかし、そのことを無視して平均摂取量と平均水銀値のみから注意事項の対象としないことは理解に苦しみます)
(2) データそのものにも疑問を感じます。一つは検体数の違いが大きいことです。大量に摂食されるマグロなどの場合には検体の入手も容易であろうと思われます。それにもかかわらずマグロなどの検体数が少ないこと(キハダマグロは二七検体、メバチマグロは一六検体、それに対してサメは三三一検体、ミンククジラは六三八検体)は合理性に欠けます。
 報道によれば、WHOとFAOのメチル水銀摂取許容量の引き下げ決定を受けて、今後日本でも厚労省を中心に議論が進められるようですが、環境省も積極的に関与していただき、許容量の新たな設定にあたっては、明確な根拠を公開するように働きかけていただきたい。
もう一つは分析技術の巧拙などによる検査結果の信頼性の問題についてです。先日ある方にうかがった話によれば、毛髪水銀を国立水俣病総合研究センター(以下「国水研」と呼ぶ)で測定してもらったところ、〇.〇三ppmとの測定結果が送られてきたそうです。この方は魚介類を多食されている方で、測定結果に疑問を感じ再度国水研の坂本疫学研究部調査室長に測定していただいたところ、七.四ppmという結果だったそうです。同じ人の毛髪水銀を測定した結果、水銀値に二〇〇倍以上の開きがあるようではデータそのものが信用できなくなります。測定技術の問題もあるでしょうが、精度管理のあり方に大きな問題があると思われます。
国水研は世界で唯一の水俣病専門研究機関であり、水銀分析においても最も信頼できる機関と考えておりますし、そうあらねばならないと思います。しかしながら、こういった分析結果を見せられますと大きな不安を覚えます。国水研・水俣病情報センターでは来訪者やその他の方々に広く呼びかけて毛髪水銀の測定を行っています。このことは開かれた国水研として大いに評価すべきだと考えております。しかしながら、前述したように精度管理をおろそかにしている状況では疑問符を付けざるを得ません。貴省、特に国水研の水銀分析における精度管理(内部精度管理、外部精度アセスメント)が適切に行われるようにしていただきたいと思います。

七、訴訟認定患者への医療費給付について
本年三月、水俣病第二次訴訟元原告二名が認定申請を棄却され、医療費が自己負担となり、経済的に苦しい状況におかれるようになりました。同じ水俣病患者でありながら、医療補償のない状況は私たちも見過ごすことはできません。訴訟上の水俣病患者にも医療費が給付されるようにご検討下さい。

八、協議の場について
 水俣病に関する諸問題について、今後とも患者団体との協議の場を設けていただき、真摯に患者の声に耳を傾けていただきたいと思います。
以上