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水俣病について知っておいてほしいこと |
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2001年4月6日・作成 みんなが水俣病のことを、ちょっと知りたいなと思ったときに読んでください。無理に勉強だからって読まないでください。無理に読んでも頭には入りません。すぐ忘れてしまいます。そういえばあそこに書いてあったなとだけ覚えておいてください。それで十分です。 1 水俣病ってどんな病気ですか? 水俣病は、チッソ工場の排水にあったメチル水銀が、海にいる魚や貝などに入って、それを人が食べることによって起こります。空気を通じてうつることも、触ってうつることありません。 2 メチル水銀って何ですか? 水銀には金属のように生きていない無機水銀と、生きたものと反応する有機水銀の二種類があります。水俣病を引きおこしたメチル水銀は有機水銀です。一グラムの五分の一くらいで、人が死ぬほど大変強い毒です。 3 水俣病患者は何人いますか? 誰も調べていないのではっきりとは分かりません。今のところおおやけに水銀の影響が認められた水俣病患者は1万2615人います。しかし、これ以外に、自分の病気を知らないで亡くなった人たちや、差別されるのがイヤで申し出なかった人たちがいるので、被害を受けた人の正確な数はわかりません。 4 水俣の人が悲しかったことは何ですか? 水俣病患者の人は、なおらない病気になったことは悲しいことでした。でもそれ以上に悲しかったのは、近くに住んでいる人から「うつるからそばに寄らないで」と言われたり、「ほんとうに病気なの」って疑われたりしたことです。 5 チッソはどんな会社だったのですか? チッソは、明治の終わりに水力発電の会社としてスタートしました。その電気を利用してカーバイト工場を作り、やがて化学肥料の生産を始めて、日本の大事な化学会社となりました。 6 水俣湾の魚は食べられますか? 水俣湾の魚や貝に含まれる水銀は、1968年にチッソがアセトアルデヒトの生産をやめて水銀を流さなくなってから少なくなってきました。熊本県の調査では、現在、国が定めた基準(総水銀0.4ppm・メチル水銀0.3ppm)を超える魚はいなくなりました。 7 水俣湾埋立地はどのようにできたのですか? 熊本県は、水俣湾にたまった水銀ヘドロが魚や水を汚さないように、封じ込めるための工事を行いました。埋立地は最初に鉄板を打ち込んで端を決めます。水俣湾内にあった水銀ヘドロを掃除機のようなもので吸い取って、埋立られる内側に流し込みました。その上に山土や石をいれて平らにして作られました。 8 水俣の人たちは水俣病から何を学びましたか? 水俣病は、チッソが流したメチル水銀という産業廃棄物が水を汚染し、汚染された魚を食べることによっておき、人々の対立も生み出しました。このことから水俣は、生命の源である「水」と「食べ物」がいかに大切なものであるかを学びました。そして、家庭や事業所から出す「ゴミ」は、自然を損なうものであってはいけないことを学びました。そして人々の対立をなくすために、もやい創りが大切だと知りました。 9 もやい創りとはどんなことですか? もやいとは、もともと船をつなぐことや一緒に何かをすることです。人と人との関係、自然と人との関係が壊れてしまった水俣を、良いようにしていくことです。そのためには、水俣病のことをちゃんと考え・考えの違う人がいることを認め・一緒に何かをして喜んだりして、少しずつ良い関係になることが「もやい創り」です。 水俣病のことについて、少しはわかるようになりましたか? 「水俣病について知ってほしいこと」のページは2000年度地球環境基金助成により作成しました。 |