| 260万円 |
「苦渋の選択」と新聞の見出しが踊った。
関係者の思いは複雑で、ある意味ではこの言葉がぴったり来るのかも知れない。水俣病とも認めていない、国の責任も認めていない、一時金(補償金と呼ぶこともできない)も低額である(次頁を参照)。無い無いづくしのように思えるが、当の患者は意外と明るい。いっしょにいても「苦渋の選択」とは感じられない。
被害が小さかったわけではない。病気のために、思うように人生を送れなくなった患者もたくさんいる。みんな、水俣病は一生つき合わなければならない病気であることも知っている。金額や文言に納得しているわけではない。なのに明るいのである。
あまりにも長すぎたからである。10年も20年も、出口の見えないトンネルの中にいたからである。外に出られただけでホッとするのである。多くの人がトンネルの中から出ることなくこの世を去っていった。自分もそうなるのではないかという不安がずっとつきまとっていた。患者は、水俣病を除けば、普通の生活者なのだ。決して特別な存在ではない。