| 2万人 |
前にも書いたが、水俣病の患者数は不明である。だが、推測は可能だろう。
有機水銀の汚染地域は不知火海沿岸地域の南3分の2と考えられる。不知火海は南に行くほど深くなっている。例えば産卵のために東シナ海から黒瀬戸を通って不知火海に来るタイは田浦の三ツ島、対岸の天草樋の島を結ぶ線まで北上する。芦北や御所浦の漁師の話を聞いても「南は出水・長島沖、北は田浦・樋の島沖まで漁をした」という話をよく聞く。また、このあたりの漁師は水俣湾を漁場としていた人が多い。
汚染のひどかった昭和30年代にこの地域に住んでいた人は20万人以上。ほとんどの人が汚染魚介類を食べていたと思われるが、健康被害を被った人をその10分の1と見る(ある汚染地域の調査で水俣病の影響があると思われる比率は約10%だった)と推定2万人ということになる。
他のデータからも推測できる。
認定申請をしたことのある人は約1万4千人、総合対策医療事業に申請したのも約1万4千人。死亡者は認定申請できないし、何らかの理由で申請しない人もいる。特に他府県に移住している人々には情報が伝わりにくいこともあるし、申請の手続きも検査を受けるのも困難なので申請しない人も多い。
1996年の政府解決策の対象者が10,353人で、そのうち生存者は9,438人。1996年当時のデータでも、認定患者のうち半数以上がすでに死亡している(2001年現在では6割以上)。認定患者も未認定患者も年齢的には大差ないから、96年当時でも水俣病の症状を持っていた死亡者は生存者と同数それ以上の人がいたと推定できる。その数を仮に9,000人と見積もっても、政府解決策の対象者と2,265人の認定患者を加えると2万人以上ということになる。