映画が始まるところ

佐藤真 著/凱風社


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凱風社
2002年9月6日発行
◆四六判/264頁/上製
1,890円(税込)

概要  目次
書評・記事

■概要■

個人的映画論『ドキュメンタリー映画の地平』で様々な反響を呼び、映画『まひるのほし』などの作品で注目を集める気鋭の映画監督のエッセイ集。天啓のように立ち現れてくる何ものかをとらえようと格闘し続ける表現者の心の風景。ここにも『阿賀に生きる』について頁が割かれている。

■目次■

【まえがき】
【第一章】映画は時代を写す鏡である

 ◆鮭ものぼればウグイも泳ぐ[『阿賀に生きる』]
 ◆甦った舟大工の技と魂[『阿賀に生きる』]
 ◆長谷川さんの山田んぼ[『阿賀に生きる』]
 ◆ミナマタを今さら悲劇のシンボルにするな
 ◆石牟礼道子作『苦海浄土』を読む
 ◆テレビのない暮らし
 ◆競輪界の疾風怒濤 太田真一讃歌
 ◆欲望の果てまでも
 ◆モノカルチャーとバナナ[『日本NGOとバナナの一〇年』]
 ◆「バナナ研」はどこへ?
 ◆『阿賀に生きる』から十年
【第二章】映画的意志は細部に宿る
 ◆映画そのものの本源的な力を見直そう
 ◆「水俣病の映画なのに面白い」って言われたが……[『阿賀に生きる』]
 ◆映画は〈意義〉に殉じてはならない[『柳川堀割物語』]
 ◆東北の壁[『無辜なる海』『ニッポン国古屋敷村』『阿賀に生きる』]
 ◆饒舌より寡黙を、音楽より物音を[『音のない世界で』]
 ◆ロシアの大地の「いちげこき」[『ナージャの村』]
 ◆映画の中の表情の輝き
 ◆静寂と爆音 クリス・マルケルとヨリス・イヴェンス[『ベトナムから遠く離れて』『北緯一七度』]
 ◆善意と悪党 マフマルバフとキアロスタミ[『カンダハール』『ABCアフリカ』]
 ◆超然とした透明な視線[『Devotion 小川紳介と生きた人々』]
 ◆問われる作家の主体性 アジア発ドキュメンタリーの新しい潮流
 ◆周縁と辺境 「アジア千波万波」の審査で感じたこと
 ◆「テレビのような」とは
 ◆これからはテレビを見直そう
 ◆「テレビドキュメンタリー研究会」と牛山純一全仕事
【第三章】心の奥底にひろがるカオスの海へ
 ◆不思議の国のアーティスト[『まひるのほし』]
 ◆シゲちゃんの現代アート[『まひるのほし』]
 ◆限定付き放浪[『まひるのほし』]
 ◆あらゆる芸術家は不幸である 洲之内徹をめぐって[『まひるのほし』]
 ◆心地よいこだわり[『まひるのほし』『花子』]
 ◆今村家の花子さん[『花子』]
 ◆美意識を反転させる鏡[『花子』]
 ◆写真の眼差し 三浦和人と牛腸茂雄の写真集[『SELF AND OTHERS』]
 ◆写真の磁力 牛腸茂雄の〈不在〉を撮る[『SELF AND OTHERS』]
 ◆作品が成り立つ瞬間 映画と絵画の〈リアル〉
 ◆明治の痕跡・阿賀の記憶 石塚三郎のガラス乾板
あとがき】

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