今日相思社に大先輩の木口さん(男性)がいらっしゃいました!
木口さんは鳥取生まれ。1973年、まだ20代の頃に水俣入りし、しばらく侍の家に暮らしたあと、1974年の設立から水俣病センター相思社で働き、胎児性患者の軽作業のために作られたきのこ工場(殖産部門)の運営を担当したそうです。
本で読んだ木口さん。大先輩の登場になんだか興奮してしまいます。
現在は東京都大田区大森の「イース動物病院」をお連れ合いとお二人で運営されているそうで、可愛い動物たちの写真をたくさん見せていただきました☆http://www.omoriys.com/
重症患者さん(動物さん?)がいなかったため、水俣ツアー実現できたそう。
柳田耕一さんに会い、石牟礼道子さんに会い、ガイアみなまたへ行き、相思社へ来、侍の家へ行き。盛りだくさんの旅のようです☆
相思社の敷地を一緒に見て回りましたが、「全然変わってないね~」と連発。しかし、かなり古くはなっています。それもそのはず。もう四十年近くが経つんですもん。
当時の様子を聞いてみると、給料6万のうち3万を相思社へ寄付、2万を水俣病闘争資金。残りの1万も、もらっていなかったような気がするといいます。びっくり!どうやって生活していたの?の問に、住は相思社、衣食は寄付や自給で賄っていたとか。さすが70年代共同体相思社!(現在は普通の?NGOになっています)
大先輩の話に歴史の長さを感じつつ。さぁこのあとの四十年をどう作っていこうか!