小泉初恵
参ちゃんの参のフォントが大きいクリーム色の表紙。パラパラページをめくると、女子に囲まれてふわぁ~と笑う参治さんが目に入る。屋根の上で仕事をしている写真はさすがに目がきゅっとしているが、それ以外は、集合写真も唄う参治さんも全部同じふわぁとした笑顔だ。
新潟の渡辺参治さんが7月に亡くなったそうだ。昨年5月の新潟での追悼集会でとても気持ちよさそうに唄う車いすの参治さんが忘れられない。あの時、私は参治さんが瓦職人だったことを知らなかった。それから、婿入りを2回、結婚を3回、大腿骨を骨折してから入ったケアハウスでもモテモテのモテ男だということも。里村洋子さんが聞き書きとしてまとめられたこの本を開くと、参治さんは中学校卒業後に瓦職人に弟子入りして、19才で瓦屋として独り立ちしてからは昭和電工の社宅の屋根仕事もしたそう。そこで仲間と調達した食料は排水口の魚。捕まえようと近づいても逃げていかない「ばか根性いい魚」を毎日腹いっぱい食べた。結果、一緒に屋根の仕事をしていた仲間は体がおかしくなるが申請はせずに亡くなってしまう。参治さんもだんだんと足の調子が悪くなり訴訟の原告に加わるが、唄を歌って元気に見える参治さんはニセ患者と言われてしまう。切ない。
小学生の頃から音楽の成績がよかったそうで、戦争中も、出稼ぎ先でも、参治さんは唄って生きてきた。入院先で「鼻唄もズンズンて唄ってきかせて」同じ病室の患者を楽しませたらしい。ズンズンと腹から湧いてくるような参治さんの唄は周りを楽しい気分にさせただろう。本に書かれている参治さんの語尾は、はーい、とか、ほんとにねえ、と伸びて柔らかい。新潟の方言はよくわからないし、参治さんとお話をする機会には恵まれなかったが、CDを流しながら「安田の唄の参ちゃん」を読むと参治さんがしゃべるとこんな感じだろうな、と声が想像できる。 年を取った人のやわらかくてカサカサした声はもとから大好きなのだが、参治さんの声は絶妙な伸びとかすれがある。米寿記念のCDには、父親の唄を聞いて覚えたという博労節や、ソーラン節、ドンパン節などが収録されていて、気取ったところがない声でどの歌も聞くとふっと力が抜ける。太鼓と手拍子に叫ぶようなドッコイショ!の声が乗る若い時のソーラン節も聞きごたえたっぷり。「安田名物口説き」では旗野さんが掛ける「それからどしたッ」という合いの手が耳に張り付いて、日常生活で「それからどした!」と言ってしまいそうになるのでご注意。