水俣病の解決のための要望書

環境大臣 細野豪志 様

水俣病の解決のための要望書

二〇一二年七月二五日

水俣病被害者芦北の会
会 長 村上喜治

水俣病被害者獅子島の会
会 長 滝下秀喜

水俣病患者連合
会 長 松村守芳

はじめに

二〇〇九年七月に「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法」(特措法)が成立、施行されました。二〇一〇年五月からは特措法による救済措置の受け付けが開始され、本年七月までの申請受付までの二十七ヶ月の間、約六万人近い方の救済が行われました。

しかし、このことによって水俣病が解決したわけではありません。水俣病の解決とは水俣病の被害者も被害者でない人も、地域の中で安心して生活できることであり、同じ過ちを繰り返さないことです。

地域の中で安心して生活できるためには、地域の福祉・健康増進事業も必要ですし、地域振興も必要です。過ちを繰り返さないためには水俣病の経験を伝え、教訓として普遍化していくことが必要です。

私たち水俣病芦北の会・水俣病獅子島の会・水俣病患者連合の三団体は統一行動、統一要望を行うことで、これからの水俣対策として必要と考える施策について国へ提言を行っていきたいと考えています。

本来ならば、全被害者団体、あるいは地域の関係者も一緒になって行動できることが水俣病の解決のためには、一番良いと思っています。しかしながら、現状はそうすることを許しません。様々な立場の違い・考え方の違いが、眼前に大きな壁として立ちはだかっていることは紛れもない事実です。この壁を取り壊していくためには長い年月と関係者のたゆまない努力が必要だと思います。

私たちも最終的にはすべての被害者団体、地域の人々が一緒に行動できる時を夢みながら、まずは我々三団体が動き始めることにしました。しかし、繰り返しますが、私たちは最終的にはすべての被害者団体、地域住民と行動をともにすることを目標にしておりますから、今回の要望もすべての被害者、すべての地域住民のことを念頭に置いています。そのことをご理解いただいた上で、次の要望事項を読んでいただきたいと思います。

要望事項

一 今後の水俣病対策について

(1)救済措置の終了後にも何らかの救済施策を講じること

多くの被害者の方々の話を伺うと、加齢とともに症状が重くなるといった人がたくさんいます。

今、症状が軽いからといって申請を見送った方が仮にいた場合、将来、症状に耐えられなくなった際に、何らかの受け皿がなければ、再び紛争が生じることが考えられます。

すべての被害者の救済のためにも、今後の新たな紛争を避けるためにも、特措法による救済措置の終了後、そうした人々が将来、不安を感じることなく生活できるように、必要な措置を講じていただきたいと思います。

 

(2)福祉・医療の充実について

「水俣病の経験を活かした地域作り」に欠かせないものの一つが福祉・医療の充実です。水俣を含む環不知火海地域には、家庭では支えられないような重症の水俣病患者から、「一日八時間、週五日の労働には耐えられないけれど、短時間で週三日くらいなら働ける」といった比較的軽症の人まで幅広く存在しています。

重症の患者には「病気は治らなくても、せめて楽しく暮らせる生活の場」が必要でしょうし、軽症の人には症状にあった仕事の場が必要です。いかめしい病院ではなく、自由のない施設ではなく、ノルマに押しつぶされそうな作業所ではなく、「行くことが楽しい」、「働けてうれしい」、「生まれてきた良かった」、「生きていて良かった」と実感できる場が作れないでしょうか。水俣病患者のためのコロニーは四〇年前から水俣病患者の夢でした。水俣病患者のためのコロニーは無理でも、せめて「総合福祉センター」のような施設は実現してほしいと思います。

例えば、水俣、芦北、御所浦、出水、獅子島などに、ケア・ホーム、グループホーム、デイケア、ショートステイ、医療、健康相談、作業所、等が一体となった拠点施設を作り、拠点施設に通所できない地域の人びとのためには、それぞれの地域のニーズにあった小規模な施設を作る。地域の事情、利用者の状況を理解している地域の人が運営の中心にいる、そういった施設は可能と思います。是非とも環不知火海地域の福祉・医療の充実に勤めていただきたいと思います。

また、民間でも独自に福祉の充実に取り組みはじめている人・組織もあります。民間の方が地域住民のニーズにあった施設・組織・運営ができることも多いと思われます。民間の場合、財政基盤が脆弱な場合がほとんどです。民間の福祉・医療やもやい直しの活動に対しては財政的にも協力していただきたいと思います。

 

二 水俣病の経験を活かした地域づくり・地域振興について

(1)被害地域へのもやい直し・もやいづくりの推進・地域の振興に民間の力を活用すること

特措法第三六条には「政府及び関係者は、指定地域及びその周辺の地域において、地域住民の健康の増進及び健康上の不安の解消を図るための事業、地域社会の絆の修復を図るための事業等に取り組むよう努めるものとする」と記されています。

平成七年の水俣病解決策にも「もやい直し」が記されていましたし、それなりの取り組みも実施されました。しかし、残念ながら現在に至っても水俣病や水俣病患者への偏見や差別は解消されておらず、地域住民の水俣病への理解が得られたとは言えません。

水俣病という負の遺産をプラスに転じていくためには被害地域におけるもやい直し・もやいづくりは欠かせないものです。私たちも被害地域に生きる住民としてもやい直し・もやいづくりに様々な提言を行い、積極的に取り組むつもりです。

また、もやい直し・もやいづくりを推進するためにも地域振興は欠かせません。一九七八年以来の「水俣・芦北地域振興計画」、一九九〇年に始まった「みなまた環境創造事業」、一九九四年からの「もやい直し事業」はそれぞれに一定の成果を上げてはいますが、いまも地域の疲弊は進行しています。事業が大きな成果を上げることができなかった原因の一つはどの事業も行政主体であったことにあります。担当者がいかに能力があり、情熱的に事業に取り組んだとしても二,三年で担当を離れざるを得ず、その貴重な経験が活かされず、事業は形骸化し、やがて潰えてしまう、といったことが繰り返されてきました。一方、民間・地域住民は経験を積み重ね、徐々に力を蓄積しています。また、地域外の協力者も増えつつあります。昨年から今年にかけて新しい動きも生まれはじめています。

もやい直し・もやいづくりや地域振興を進めるにあたっては民間の力を活用すべきですし、今がその好機です。その好機を捉え、平成本年に「環境首都水俣創造事業」が創設されたことは、持続的な地域振興を図る観点で評価します。しかし効果的な事業継続のためには、先述の経験も踏まえ「民主導・官協力」の体制が望ましいと思われます。是非ともご配慮をお願いします。

(2)水俣環境大学設立について

「水俣に環境大学ができれば、水俣病の研究が進み、偏見・差別の解消や地域振興にも役立つ」と思いますので、環境大学の実現には大いに期待をしています。

市民が主体となった円卓会議では、水俣に大学院共同教育課程を設置することが模索されています。四年制の大学や新たな大学院の設置は恒常的な運営経費等の観点でハードルが高いかもしれませんが、既存の複数の大学院が連携して水俣で専攻を開設することは可能性があるのではないでしょうか。国立水俣病総合研究センターと連携したり、チッソ(JNC)の技術者の知見の活用も考えられます。この大学院共同教育課程が、留学生を受け入れるなど世界に向けて水俣病の経験と教訓、もやい直し等の再生プロセスを体系化するだけでなく、また、環境で地域振興する水俣を支える教育・研究機関として機能すれば地域にとっても好ましいことでしょう。

是非とも水俣大学院共同教育課程(水俣環境連携大学院)を実現していただきたいと思います。

(3)水俣病の経験を伝える事業を推進すること

水俣病は被害地域の住民にとってだけではなく、日本国民全体にとっても、人類にとっても貴重な経験です。

水俣病事件を反面教師として「二度と同じ過ちを繰り返さない」社会をつくることは、人類にとってプラスとなるだけではなく、苦しみながらこの世を去っていった多くの犠牲者の鎮魂・慰霊ともなるでしょう。

水俣病の経験を伝えることは、社会が二度と同じ過ちを繰り返さないために必要であると同時に、いまだ強く残る水俣病や水俣病患者への偏見・差別の解消にもつながる重要な事業です。

水俣病を伝える事業は民間では三五年以上前から続けられています。教育旅行誘致や大学のゼミ誘致の取り組みも一五年以上の経験があり、実績や経験も積み重ねられています。

水俣市には環境省の水俣病情報センター、熊本県環境センター、水俣市立水俣病資料館、民間の水俣病歴史考証館があります。また、修学旅行誘致や環境活動の実践・広報などの事業も民間が中心となって続けられています。これらの組織や活動の連携をとりながら運動を勧めた方が効果的ですし、資源の活用にもなります。

民間では協力体制、組織の統一化が徐々に進みつつあります。環境省としてもこういった民間主導の動きに参加・協力するとともに財政面での支援もお願いしたいと思います。

(4)チッソ(JNC)が地域づくり・地域振興に積極的に関わっていくように働きかけること

チッソ(JNC)は現在においても水俣地域においては飛び抜けて大きな影響力を持っています。

昨年からチッソは地域貢献策を打ち出しています。これは今までにないことであり、大いに評価できます。

しかしながら、チッソ(JNC)の地域における影響力と比較するとまだまだ小さいと言わざるを得ません。

チッソ(JNC)に対しては、水俣環境連携大学院の設立・運営、地域福祉施設設立・運営、地元起業者への支援など、大企業でしかできない地元貢献が望まれます。私たちも地域住民としてチッソ(JNC)に呼びかけていくつもりですが、環境省としてもより積極的に地域づくり・地域振興にチッソ(JNC)が変わっていくように働きかけていただきたいと思います。

三 水俣病の調査研究について

特措法の前文には「水俣病が、今日においても未曾有の公害とされ、我が国における公害問題の原点とされる」と記されています。

しかし、残念ながら公害問題の原点とされる水俣病は、公式確認から五六年を経た今日に至っても水俣病の健康被害がどのようなものか、被害はどこまで広がっているのか、いつまで続いていたのか、等々不明なことが多々あるというのが現状です。

「水俣病の解決」が現在の「紛争解決」ではなく、「真の解決」に至るためには被害実態を把握する必要があり、そのためには継続した調査が不可欠となります。また、その調査結果はその後の施策に活かされなければなりません。

また、水俣病の被害が健康被害のみにとどまらないことも周知の事実ですが、精神的・社会的被害の実態はほとんど解明されていません。私たちも協力を惜しみませんので、水俣病の「真の解決」の為にも水俣病の精神的・社会的被害についての調査研究も実施していただきたいと思います。

四 意見交換の場について

前述いたしました、もやい直し・もやいづくり事業、地域振興事業、水俣病の経験を伝える事業などは長期間を要する事業でもあり、実施には被害地域住民・関係者の協力は欠かせないものです。

この間、環境省はさまざまな対話の場、意見交換の場を設置され、それなりの効果も出てきていると評価しています。しかし、まだまだ広がりが不足していますし、参加してほしい人が参加していないという実情もありますし、様々な会合・組織が有機的に働いていないといういらだちを感じているのも事実です。

もちろんこういった作業は環境省だけでできるものではありません。国・県・市町・民間・患者団体の協働作業であるべきですし、そうでなければ実効性が発揮できないと考えます。民間で地域振興・水俣病を伝える事業等に取り組んでいる人たちからは「環境省や地元行政のやっていることは上からのお仕着せであり、ずっと協力してきた自分たちの意向をまったくないがしろにしている。過去の水俣病行政の失敗から何も学んではいない」、といった厳しい声もでています。

まずは、民間で今まで積極的に地域づくり・地域振興に関わっていた人たちとの意見交換を実施されてはいかがでしょうか。

以上

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