熊日夕刊コラム つづいてます

熊本日日新聞社のコラム一筆、第6回です。朝鮮半島のことは今興味を持っていることのひとつです。分からないことがたくさんあるけど、知りたいと思っていることなので、突っ込まれることを承知で書きました。コラムを読んでくれた人が、私の知らないことを教えてくれたら嬉しいです。
コラムにも書いたように、朝鮮半島は水俣病とも関わりがありますが、飲み会などで韓国や北朝鮮に対する心無い言葉を聞いて悲しくなることが増えたのも書きたかった理由です。
大人になってから在日の友人が何人かできて、友人の中には自分の出自を隠している人もいて、どうして隠さなきゃと思うんだろうと疑問に思いました。隠さなきゃと思わせる社会を作っている人間の一人がそんな彼らのおかれた現状に気が付かない私で、きっと、知らないだけで、私たちの周りにはたくさんの朝鮮の人がいるんだと思います。先日、近所の、昔朝鮮半島のチッソ社宅に住んでいた人の話を聞きました。日本人が朝鮮で何をしたか。とても大切な証言で、早く聞き取りをして、残しておきたいと思っています。
私が生まれた日本が、水俣がやってきたことを、これから知っていきたいです。

熊本日日新聞コラム「一筆」第七回です。三回目からメールやお手紙でも感想をいただくようになりました。中には私がこれまで信じて疑わなかった私自身の(相思社の?支援者の?)持つ「前提」を覆す意見もあり、苦しくなります。でも一方で視点を変えたら驚きと新鮮さがあると、思い始めています。つくづく世界は広いと思うし、様々な考えを持った人たちが寄せ集まってこの社会を作っていることを感じています。私の考えはきっと簡単には変わらないし、変えたくないこともある。水俣から離れず、ここから見える世界を発信しつつ、いただいた言葉を、このもやもやを、大切にしたいと思います。単純化とか一般化は生きるための知恵だけど、それは一方で危ういなと、いただいた声の中に自分を見つめながら、つくづく思います。
全三ヶ月の折り返し地点にやってきました。今回のコラムは、私がこうしてほしい、とお願いしたことが全ては活きてなかったので
が全ては活きてなかったので(ほとんどは活きました!)、原文を載せます↓
グレーゾーン
昨年、選挙権が18歳へ引き下げになったタイミングで、高知県立須崎高校へ主権者教育の授業へ行きました。私は、水俣病は発生と拡大の責任の大前提が原因企業チッソと行政にある一方で、拡大に関しては政治や私たち市民・国民の側にも責任があると思っています。生活者の生存と健康、人権を脅かすものと政治の接点、水俣病の当事者運動が社会へ投げかけたものについて話しました。社会への無関心は悪事に加担することと同じです。
数年前、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所へ行き驚いたことの一つが、収容所を作ったドイツから自主的に来る若い見学者の多さでした。ドイツでは、国家の戦争責任を追求し続け、ポーランドと協働で歴史の教科書を作っているそうです。
ポーランドでは、市民も被害者で、同時に加害者でした。国の戦争責任をある程度検証し、次には市民がそのとき何をしたのか、市民の責任について調べているそうです。被害にあいながら、侵略された国であるにも関わらず「ポーランドの中でドイツに協力した人がいる」「ユダヤ人を排除するのに加担した市民がいる」ということが社会的なテーマになっています。問われ語り始めたとき、市民は初めて戦争と向き合い、ようやく戦争は終わりに向けて歩き始めるのだと感じました。
白か黒かをはっきりさせるのではなく、グレーゾーンに注目する。そして問う。水俣病事件に向き合う場合も同じです。実はそのグレーゾーンが、社会を作っているのだから。

チッソと国と県が起こした水俣病。一度失われた命は、健康は、環境は、社会は、二度と元には戻せない。私たち国民の、市民の無関心が生むまた別の痛み。
「せっかく上手くいっているもやい直しを壊したくない」と言って患者団体同士の対立を止めようとしない水俣市の言うそのもやい直しの意味を考える。
「もういい加減、平和に暮らしたい」、「患者には黙ってほしい」という水俣市民の声に、患者が黙っていられない状況が生み出されるその理由を考える。
チッソを県を国を擁護する水俣市民。
加害被害の単純な構図で語るのはナンセンスだとも思うけど、でも。
加害者は、いつまでも加害者としての自覚を持って。自らを許さないで。自らを許せと市民に求めないで。
そして私たち水俣市民もまた被害者であり、そして同時に加害者である歴史を自覚しよう。と思った今日。許したら、水俣病は繰り返される。

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