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●考証館の展示

 考証館の展示の一部をご紹介します。
※考証館展示パネルの大部分は「絵で見る水俣病」(ILLUSTRATED MINAMATA DISEASE)として、世織書房から出版しています。


1、不知火海−豊かな海と暮らし

  1. 不知火海は波静かで小さな海
  2. 海と人びと
  3. 水俣近辺の「えびすさん」
  4. 打瀬網
  5. 巾着網
  6. 「昔はなんでんかんでん作っとったもん」
  7. 「はんのうはんぎょは海と畑半分こ」
  8. ボラ籠
  9. 不知火海のおもな漁法


2、水俣病−チッソの犯罪

  1. チッソ
  2. 戦前の主なチッソ製品
  3. 身の回りのチッソ製品
  4. 朝鮮チッソ興南工場
  5. チッソ水俣工場
  6. 水銀の流出とチッソの加害行為
  7. アセトアルデヒドを作るため水銀が使われた
  8. メチル水銀は工場から海へ
  9. 魚のすみかが失われた
  10. チッソ城下町・水俣
  11. 水銀は魚介類をへて人びとへ
  12. 健康被害
  13. 水銀が神経細胞を破壊する
  14. 母胎を通して水銀は胎児へ
  15. 全身に症状が
  16. 書字障害
  17. 苦痛は生活の中で拡大する
  18. 汚染は不知火海全域に広がった
  19. 不知火海全域から水俣病申請患者が
  20. 20万人以上の被害者が裾野に広がっている
  21. 被害は病苦を越えて
  22. 患者はどのような治療をしているのか
  23. 多様な被害
  24. 政治家たちの患者非難
  25. こんな言葉が投げつけられた


3、闘い−被害者の30年

  1. 原因究明期
  2. まず猫が狂い死にをした−1954年
  3. 水俣病が発見された−1956年
  4. 汚染魚は放置された−1957年
  5. 漁民は立ち上がった−1959年
  6. 患者たちはやっと立ち上がった−1959年
  7. 患者をだましたチッソ契約−1959年
  8. 患者運動高揚期
  9. 水俣病裁判判決
  10. 協定書・補償の現状
  11. 社長との直接交渉
  12. 自主交渉坐り込み
  13. 支援活動
  14. 認定制度への闘い
  15. 認定・補償の仕組み
  16. 認定申請そのものが困難
  17. 申請しても切りすてられる
  18. これまでに認定された人びと

4、現在−私たちの課題

  1. 水俣湾のヘドロ処理
  2. 水俣湾の仕切り網と魚介類の現状
  3. 仕切り網の変遷
  4. チッソ貸付資金の仕組み
  5. チッソの経営状況
  6. 未認定患者の現状
  7. 政府解決案に伴うチッソ支援などの仕組み
  8. 1994年7月11日水俣病関西訴訟の一審判決
  9. 行政にも責任がある
  10. もやい直しの始まり
  11. 水俣病を問い続ける
  12. 水俣病の教訓を生かすために
  13. 財団法人 水俣病センター相思社

  1. 水俣病センター相思社・水俣病歴史考証館
  2. 水俣湾埋立地
  3. 埋立工事はこのように行われた
  4. 水俣病40年目の政治決着・・・苦渋の選択
  5. チッソ水俣病関西訴訟
  6. みなまたグリーンツーリズム
  7. みなまたグリーンツーリズムマップ

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